

開志専門職大学
西野先生が取り組まれているお仕事について教えてください。
西野精治
私は精神科医です。精神疾患、脳の病気について、その原因がどこにあるかを物質のレベルで突き止めるのが私の仕事です。

西野精治
その中でも睡眠が専門で、睡眠障害の原因について研究しています。睡眠を研究する睡眠医学というものは、まだ歴史が浅く、1950年代に始まった医学ですから、まだ70年くらいしか取り組まれていないのです。


開志専門職大学
西野先生が睡眠医学に取り組まれてから何年ですか?
西野精治
睡眠医学に限らず、精神科医になってからだと36年ですね。そのうちアメリカでの研究が32年です。

西野精治
脳の科学は難しくて、まだ解明されていないブラックボックスの部分が多く残されています。遺伝や環境も関係しますし、同じ症状でも原因が同じとは限りません。


開志専門職大学
歴史が浅いということは、睡眠医学の専門家は世界でも少ないのでしょうか?
西野精治
全体から見たら少ないですが、睡眠を専門にしている若い人が増えていますね。それから、今はコロナでリモートですが、アメリカの睡眠医学の学会には、毎年3千人くらい集まっていました。私のバックグラウンドは精神科医で睡眠研究者ですが、他の医学の分野としては神経内科、循環器科、呼吸器内科、内分泌内科、耳鼻科、歯科などの専門家とさまざまな分野の人が参加しています。心理学の専門家もいますね。睡眠と一言に言っても、その対象分野は非常に幅広いです。


開志専門職大学
どうして脳を専門にしようと思ったのですか?
西野精治
やっぱり分かっていないことを解明したい、そういうことに興味があるんですね。でも、睡眠に深く携わることになったのはスタンフォード(大学)に来てからです。


開志専門職大学
アメリカに来て32年になるということでしたが?
西野精治
そうです。スタンフォードに派遣されるということで、最初は3カ月の予定でした。それが半年になり、1年になり、今に至ります(笑)。


開志専門職大学
最初はすぐに日本に帰国される予定だったのですね。
西野精治
ここで研究に取り組んでちょうど2年経った頃に、「残ってくれ」とスタンフォードから言われて、それで残ることにしました。アメリカの大学はしがらみがない代わりに、残り続けられるかどうかは自己責任です。


開志専門職大学
自分で結果を出し続ける責任が伴うのですね。
西野精治
アメリカでは基本的に自由の代償として、全てが自己責任になります。


開志専門職大学
渡米当初の話を少し聞かせてください。
西野精治
最初は壁だらけでした(笑)。実験を始めるために、渡米1週間ぐらいで、スタンフォードでラジオアイソトープ(放射性同位体)の取り扱いの試験を受けた時に、まだ英語力が十分ではなくて苦労しました。最後には試験官の人が筆記試験の答えを教えてくれるのですが、それが聞き取れなくて、私にとってはラジオアイソトープの取り扱いの試験というより英語のヒアリングの試験でした。

西野精治
そんな右も左も分からなかった私を、試験官が最後には自分の部屋に連れて行ってくれ丁寧に答えを教えてくれました。スタンフォードの人は親切なんです。計算問題もあってそれはできていたので、試験官も大目に見てくれたのかもしれません。それで、なんとか試験には合格し、実験を始めることができました。


開志専門職大学
最初は壁だらけだったのですね。その後32年間続いているアメリカでの研究生活の中で、西野先生が出した最大の結果について教えてください。
西野精治
すぐに居眠りしてしまうナルコレプシー(居眠り病)という睡眠障害があるのですが、その原因遺伝子を、イヌの家族性ナルコレプシーを用いて発見したことです。さらに・2000年には、ヒトでのナルコレプシーの原因についても発見しました。


開志専門職大学
それでは最近の西野先生のニュースを教えてください。
西野精治
最近私が取り組んでいるのはコロナと睡眠の関係です。


開志専門職大学
それは重要な研究ですね。
西野精治
睡眠には病気を遠ざける免疫も増強されることが分かっています。


開志専門職大学
よく眠って免疫を上げれば、病気にかかりにくいということでしょうか?
西野精治
そうです。感染症だけでなく、免疫はがんの発症にも関与しています。睡眠でも良質の睡眠でなければいけません。昨年行った調査ですが、コロナ禍になってリモートワーク(在宅勤務)が増えましたが、睡眠時間自体は伸びているけれど、必ずしも良質の睡眠を取っているわけではないということも分かりました。朝早く起きなくてもいいということから、眠りに入る時間がどんどん後ろにずれていっているんですね。


開志専門職大学
何時までに寝なければいけない、という意味ですか?
西野精治
さらに、2021年の2月に1万人を対象に調査を行いました。その中でコロナにかかった144人のうち、35.4%の人が睡眠時無呼吸症候群でした。それに対して、コロナにかかったことがない8800人ほどのうち、睡眠時無呼吸症候群の人は2.7%のみでした。


開志専門職大学
睡眠時無呼吸症候群というのは、寝ている時に何度か呼吸が止まる症状ですよね。それにかかると、良質の睡眠が得られず、免疫も下がりやすいということでしょうか。
西野精治
それもありますが、口呼吸も良くないと思います。鼻で呼吸すると、加湿、加温が適度に行われ、免疫機構も働きます。コロナにかかった人はインフルエンザにもかかった人が多く、無呼吸の人はどちらの感染リスクも高くなっていました。


開志専門職大学
睡眠も食や運動と同様に、健康な生活を送るための基本ということがよく分かりました。
西野精治
ところで、もう1つ、最近のニュースがあります。2020年の9月に『スタンフォード式 お金と人材が集まる仕事術』という本を出版しました。当初、自分の経験をもとに『お金と人材で苦労した仕事術』について書こうとしたんですが、出版社に反対されました(笑)。


開志専門職大学
先生はお金集めと人材集めに苦労されてきたのですか?
西野精治
スタンフォード大学で研究室を運営しているということは、つまり中小企業の社長と同じようなことをやっているわけです。大学がお金を出してくれるわけではなく、自分で研究費を集めなければなりません。私たちの給料も自分で獲得した研究費から出ています。さらに研究室で働いてくれる人材集めも、私の大事な仕事です。


開志専門職大学
お金と人を集めて生き残らないといけないということですね。
西野精治
しかも、営利(利益を出すこと)が目的ではないので、儲けることはできません。研究費が余ったからといって翌年に持ち越すこともできません。翌年のために蓄えておくことはできず、使い切らないとダメなんです。


開志専門職大学
いろんな制約があるのですね。人材集めのご苦労についてはいかがですか?
西野精治
うちの研究室で働いてくれる人を決めるために、やはり面接が鍵になります。


開志専門職大学
どんな点を重要視するのですか?
西野精治
自立しているか、独創性を備えているか、あとは協調性があるかどうですね。私としても、伸び伸びとアイデアを出し合える環境を作るように努めているので、その中で頑張ってくれる人に一緒に頑張ってほしいです。


開志専門職大学
新しい本に話を戻すと、どういう人に読んでほしいですか?
西野精治
若い人、それから今後海外に出たいと思っている人にぜひ読んでほしいです。シリコンバレーのことも詳しく書いています。


開志専門職大学
次に先生が研究室を構えているスタンフォード大学について教えてください。
西野精治
ここは良い大学です。良い所ですよ。私が来た32年前は、スタンフォードと聞いても日本では知らない人もいましたが。


開志専門職大学
今はアメリカ西海岸の私立大学として超有名校です。
西野精治
当時はまだ有名じゃなかったですね。でも、とにかく気候も治安も良いし、何よりスタンフォードの自由な校風が気に入っています。

西野精治
設立されたのが1891年ですから、まだ130年の歴史しかないのです。アイビーリーグのハーバードなどは1600年代に誕生していますから。


開志専門職大学
意外にも比較的新しくて、しかも自由な大学なのですね。
西野精治
カリフォルニアのサンフランシスコ近くの農場の中にできたキャンパスです。この大学のモットーは「自由な風が吹く」というものです。1891年当時、アイビーリーグの大学は自由じゃなかったということでしょうね(笑)。


開志専門職大学
西野先生が特にスタンフォードを自由だと感じるのはどんな点ですか?
西野精治
教授も多くの人が半ズボンとかポロシャツでカジュアルな雰囲気です。気さくなので会いたいと申し込めば、絶対に1回は会ってくれるはずですよ。東海岸の大学では芝生にロープが張ってあって「中に入るな」と書いてあるじゃないですか。カリフォルニアでは芝生は自由に歩いて寝転ぶところです。


開志専門職大学
さて、日本の若い人たちに大学時代にどんなことをしておくべきか、西野先生からアドバイスをお願いします。
西野精治
できるだけいろんなことを経験しておいた方がいいと思います。外国に行きたいなら、早い方がいいです。

西野精治
海外旅行に出かける時もツアーに参加するのでは意味がありません。一人で出掛けて、自分で手配するような旅行をお勧めします。


開志専門職大学
次に、西野先生のお仕事の上での目標をお聞かせください。
西野精治
仕事での目標は段階によって変わります。元来、睡眠障害の原因を可能な範囲で解明して、それを治療に役立てほしいと思うようになり研究生活を始めました。最近では、いかに睡眠が重要かということを多くの人に知ってもらい、(質の良い睡眠を)実践してもらうための啓蒙に関心があります。コロナ渦での睡眠の調査などもその一環です。


開志専門職大学
人々の健康に役立つ有意義な活動ですね。
西野精治
以前に『スタンフォード式最高の睡眠』という本を出したことが大きなきっかけになりました。研究仲間に、本が30万部売れることはすごいことなんだと言われたのですが、確かに良い論文を書いても読んでくれる人は200人程度と限られています。


開志専門職大学
ところが、先生が書いた良質な睡眠のための本は少なくとも30万人以上の人が読んだのですから、すごいことです。
西野精治
このように、睡眠障害について伝え、より良い睡眠が重要だということを知ってもらうことで、より良い生活が実現するなら、このことを広める活動には意味があるとやりがいを感じています。

西野精治
その一環で、ブレインスリープという会社を設立して、睡眠の啓蒙(「Sleepedia」)を行うと共に、私が監修した枕やマットレスといった最高の睡眠に欠かせない製品を紹介しています。


開志専門職大学
さて、次回の特別講義ではどのようなことについてお話しいただけるのでしょうか?
西野精治
私の今の活動の中心である「睡眠の啓蒙」に関する話をする予定です。


開志専門職大学
先生のライフワークのお話ですね。どうぞよろしくお願い致します。
スタンフォード大学医学部精神科教授
スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所所長
特別講師 西野精治氏
1955年大阪府出身。1987年、大阪医科大学大学院からスタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所に留学。1999年、チームの主たるメンバーとして、イヌの家族制ナルコレプシーの原因遺伝子を発見。2000年にはチームと共にヒトのナルコレプシーの主な発生メカニズムを突き止めた。2005年、スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所の所長に就任。著書に34万部のベストセラー『スタンフォード式最高の睡眠』をはじめ、『スタンフォード大学教授が教える熟睡の習慣』『スタンフォード式お金と人材が集まる仕事術』がある。最新刊の『スタンフォード式お金と人材が集まる仕事術』は、スタンフォード、シリコンバレーでの留学奮闘記。

