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世界中の学生に日本語を教える。受講学生数は2,000人。 高倉 あさ子氏

アメリカ西海岸の名門校、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)。この大学の日本語科で約20年にわたり教壇に立ち、日本語を教えているのが高倉あさ子先生です。これまで2200人以上の学生に日本語を教えてきたという高倉さんに、アメリカでの語学教育の今とこれから、そして現在のお仕事に就くまでを、UCLAのキャンパスがあるロサンゼルス近郊で伺いました。
世界言語の一つとして 日本語を教える仕事。

開志専門職大学

まずは、高倉さんのお仕事について教えてください。

高倉あさ子

大きく3つあり、1つはUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の学生に日本語を教えること。もう1つは、日本語を家庭言語として話す継承語話者についての研究です。継承語話者というのは、例えば子どもの頃に日本から移住してアメリカで育った人や、アメリカで生まれたけど親が日本人や日系人で、日系のコミュニティーに属しながら育った人たちのことです。

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UCLAでは外国語の一つとして日本語を教えていらっしゃるのですよね?

高倉あさ子

そうです。その説明の前に、今、「外国語」、つまり、英語では「Foreign Language」という言葉は使わないようにする動きがあることをお知らせしておきます。言語教育者の間から始まり、世界に広がっています。

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「外国語」という言葉を使わないとは、どういうことですか?

高倉あさ子

英語ではこれまで、自分の母国語以外の言葉をForeign Languageと呼んできました。でも、Foreignには、「なじみがない」「外の」という少しネガティブな意味もあるので、最近は、World Languageと呼ぶようになってきたのです。なので、私の所属する機関も、「Center for World Language」という名前で、日本語に訳す際は「世界言語センター」としています。最近のアメリカで言語を教える先生は、Foreign Languageではなく、World Languageと言うようになってきています。

高倉あさ子

そして、私はUCLAのWorld Languageの一つとして、日本語を教えています。初級クラスは「あいうえお」から始め、日常的なことが話せるようになり、2、3、4年と進むにつれ、最終的には日本のニュースを聞き、それについて意見を言ったり、小説や新聞が読めたりするレベルに上がっていきます。

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高倉さんの授業を取るのは、UCLAで日本に関することを専攻する学生ですか?

高倉あさ子

3、4年生は、ほとんどが日本専攻の学生です。でも、アメリカの大学も、日本の大学と同じように言語の必修科目があって、最低1年は何かの言語を学ばないといけないので、それで日本語を選択する人もいます。特に1年目の初級クラスは必修単位のために来ている学生も多く、8割が自分の興味のために取っている学生です。

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もう一つの継承語話者の研究とは、どういうものですか?

高倉あさ子

例えば生まれ育ちはアメリカだけど家族に日本語を話す人がいて、日本語を家庭内で使用しながら、親や祖先の母国語を継承して習う人たちがいます。このような継承語話者は、第二言語として日本語を学ぶ人と比べれば話すことに不自由しませんが、日本で日本の教育を受けた人と比べれば読む力が弱かったり、日本文化の知識も限られていたりします。そのような人たちについての調査研究をしていますが、UCLAには継承語話者向けの日本語クラスもあり、私はそこでも教えています。

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継承語話者向けのクラスはどれくらい受講生がいますか?

高倉あさ子

毎年15人くらいは集まります。でも、カリフォルニアは日本人や日系人が多いので、UCLAにはもっと対象者はいるはずです。

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そして三つ目のお仕事とは?

高倉あさ子

日本語教師のための研修会で教育法について講演をするなど、教員向けのトレーニングです。

アメリカの大学ランキング上位校において 日本語は常に人気の講義。

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高倉さんの働くUCLAとはどんな大学なのでしょうか?

高倉あさ子

アメリカの大学ランキングでは常に上位に入る大学です。UCとはカリフォルニアの州立大学群のことで、キャンパスが8つあり、そのうちUCバークレーと、私のいるUCLAが常にUCのトップを争っています。文武両道の学校で、学業はもちろん、スポーツも優秀で、2021年の東京オリンピックにもUCLAの現役生と卒業生が合計70人近く出たそうです。

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それはすごい人数ですね! UCLAは世界中から学生が集まっているのですね。

高倉あさ子

他国からUCLAに留学してトレーニングを受けた後、帰国して活躍するスポーツ選手が多くいます。オリンピックでは卒業生が、いろいろな国からの選手として出場したようです。ただ、ここはカリフォルニア州の公立大学なので、入学の優先権は、あくまでもカリフォルニア州に住む学生が持っています。でも、やはり海外からの留学生は多く、最近では中国からの留学生が多いですね。

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大学で教えていて大変なのはどんなところでしょうか?

高倉あさ子

ここ20年ほど、日本のポップカルチャー、アニメ、ゲームが若者の心を捉えているためか、日本語は常に学生から人気のある言語です。それ自体はとてもうれしいことですが、こちらが受け入れられる学生数よりも多くの学生が希望してしまうのです。

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それほど日本語が人気なんですね!

高倉あさ子

例えば定員が100人の授業でも、常に溢れてしまいます。希望者全員が受けられないのは申し訳ないし、常に受講生の調整をしているのは大変です。

高倉あさ子

教えていて大変と感じるのは、アメリカの大学生が持っている日本のイメージと私が知っている実際の日本が、少しズレていることです。学生たちはアニメやマンガの影響で、かわいらしい日本を想像しているようです。でも、現実の日本はアニメと違いますから。私は常に学生に人気があるアニメやマンガを調べて、学生がそういう作品を通して日本にどのようなイメージを抱いているかを念頭に置きつつ、教案を作るようにしています。

日本帰国よりも、アメリカで 日本語教育とバイリンガル研究を続けることを選択。

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どのような経緯で、現在のお仕事に就いたのですか?

高倉あさ子

アメリカの大学で日本語を教えれば、その大学で学位が取れるというプログラムに申し込み、ジョージア州の小さな大学に行きました。最初はこのプログラムを1、2年で終えたら日本に帰るつもりだったのです。ところが、その頃、相次いで両親が亡くなってしまいました。日本に帰っても家族がいないのなら、もう少しアメリカでやってみようと思ったのです。日本語を教えながら修士号を取り、次にボストンの大学院に移って、バイリンガルについて研究をするようになりました。

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現在のUCLAに入ったきっかけは?

高倉あさ子

ボストンの大学院を卒業後、ハーバード大学に私が修士号を取った時の先生がいて、その先生の下で教えることができました。そこで1年間教えている間にUCLAの求人を見つけて応募したということです。約20年前のことです。

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はじめのうちは、いつか日本に帰るつもりだったのですね。

高倉あさ子

はい。日本にいた時は、放送通訳の仕事をしていました。音楽番組などで外国から来たミュージシャンの通訳をしていたのですが、当時、20代だった私は「ミュージシャンや映画監督の通訳は若い人の方が感性が合うから、10年後には仕事はないかも」と周りから言われていたのです。

高倉あさ子

だから、最初は早く若いうちに日本に帰らなくてはと思っていたのですが、アメリカに何年かいるうちに、今、日本に帰っても年齢を理由に仕事を断られるのでは?と思うようになりました。その頃の日本はまだ、今以上に、女性の仕事を年齢で区切るようなところがありましたから。

高倉あさ子

それに、日本に帰って英語を教える仕事より、アメリカで日本語を教える仕事の方が自分には合っていると感じたし、アメリカの方が働きやすくて研究がやりやすかったからです。

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どういうことですか?

高倉あさ子

世界的に、どの分野でも一般的に論文は英語で書くもので、しかも大きな学会はアメリカで開催されることが多い、つまりアメリカに住んでいる方が学会への参加機会や発表の場が多いのです。そうしたことから、アメリカで働き続けることを選びました。

日本人の英語は音がポイント。 学校英語も決して無駄にはならない。

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高倉さんの外国についての憧れや意識は、いつからあったのですか?

高倉あさ子

いくつか理由があるのですが、一つは、小学生の時、近所の教会でピアノを習っていて、ドイツ人の神父さんから英語の賛美歌を習ったり、英語でゲームをしたり、そうした体験を通して、外国に触れているような気分になっていました。あとはアメリカの音楽などからですね。

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どんな子どもだったのでしょうか?

高倉あさ子

話すことが大好きで、お喋りな子どもでした。中学の卒業アルバムの将来の夢に「DJ」と書いたくらいです。レコードを回すDJではなく、ラジオ番組の司会をするDJです。

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大学で放送学科に入ったのは、DJを目指していたからですね。

高倉あさ子

そうです。私の父はNHKに勤務していて、時々、農業関係の番組に出て解説をしていました。子どもの頃は、父がやっているくらいだから、テレビに出て話すことは簡単なんだろうと思っていたのです。でも、大学に入ると、周囲にはすごい人が多く、自分は大したことがないように思えてきて…。それで、テレビやラジオなどで表に出るよりも裏方に目が向くようになり、卒業後はエンターテインメント系の裏方の仕事に就いたんです。

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その後、留学されたんですね?いつから英語を仕事にしようと思うようになったのですか?

高倉あさ子

就職してから1年後くらいに、ある人がハワイの大学を紹介してくれたのです。1年間ハワイにいましたが、それだけではそこまで英語は話せなくて…。なので、帰国後も、日本で英会話学校や通訳養成学校に通い、放送学科出身ということもあって、放送通訳の仕事をしました。

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英語学習はどのように積み上げていったのですか?学生時代から熱心に勉強していたのでしょうか?

高倉あさ子

中学高校は教科書通りの勉強しかしませんでした。けれど、今思えば、学校英語や受験英語も役に立っていると思います。これは基本ですから。通訳学校や英会話学校に行くようになってからは、TOEICやTOEFLの点数が上がるとうれしくなって、ますますやる気が出て、一生懸命勉強しましたね。

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バイリンガルの研究者として、これを読んでいる学生たちに英語を学ぶにあたってのアドバイスはありますか?

高倉あさ子

日本語が母語で英語を第二言語として学ぶ場合、一番難しいのは音の習得、つまり発音と音の聞き分けです。特に日本語だけで育った人が、英語の音を出そうとすると、出せない音があります。英語はアクセントのある音を延ばしますが、日本語は一つの音に一つの長さがくっつき、例えば、日本人は「わたしは」と言う時、1文字ずつ同じ長さで発音して、「わたーしは」と言いませんよね。そういう違いです。

高倉あさ子

日本語だけで育った人が音の出し方の違いが分からないまま英語学習を続けても、いつまでたっても英語の音が出せず、聞いても音の違いが分からなかったり、強いアクセントの部分しか聞き取れなかったりするのです。「日本人は何年英語を勉強してもうまくならない」と言う人がいますが、それはこの、音の習得の難しさを指しているのだと思います。日本人がアクセントをつけて喋るには、特別に練習を重ねた方がいいでしょうね。それと並行して、今の学校教育でやっているような、単語や文法の勉強を続ければいいと思います。

開志専門職大学

聞くことと喋ることはセットなんですね。

教育が変化する今、日本以外で日本語を学ぶ、 継承語話者の学習に携わりたい。

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高倉さんが普段接している、UCLAの学生にはどのような印象を持っていますか?

高倉あさ子

皆、真面目でとても優秀です。教えていても「絶対に良い成績取ってやる」という意気込みがすごく伝わってきます。もちろん彼らも休むことはあるし、勉強以外のことも楽しんでいると思います。最近は、日本の大学生もよく勉強していると思いますけどね。

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優秀とは、どういったところで感じるのでしょう?

高倉あさ子

いろいろな意味でですね。特にこのパンデミックの状況下でも、タイムマネジメントがしっかりできて、メンタルが強くて、きちんと課題をこなしていくのは、これまでの精神力の鍛錬と学習を積み重ねてきたからこそだと感じます。

開志専門職大学

高倉さんの仕事での今後の目標を教えてください。

高倉あさ子

これからの時代、誰がどこにいても、教育を受けられるように、教育が大きく変わっていくと思います。継承語話者に当てはまる、海外で日本語を勉強している小中高生たちが、日本からの教育を世界中どこにいても受けられる学習環境や仕組み作りなど、そういったことに関わっていきたいと思っています。

高倉あさ子

UCLAは大きな大学なこともあり、パンデミックになる前から、オンラインやマルチメディアを使った試験や、教材の開発をずっとやってきたのです。なので、実はパンデミックで大学の講義が完全オンラインに移行しても、さほど困りませんでした。今後は、教育全体がこのように変わっていくと思います。

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これまでの技術があれば、継承語の学習に生かしていけそうですね。

高倉あさ子

そうですね。

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それでは最後に、開志専門職大学での講義の内容について教えてください。

高倉あさ子

私が今回教えたいことは、世界の中での日本語です。今、日本語を話す人は日本に住む日本人だけでありません。例えば、皆さんの周りにも日本語を話す留学生がいるだろうし、お店に行けば日本語が母語でない人が接客をしている場面に遭遇しますね。

高倉あさ子

日本語が母語で日本語しか話さない人は、日本語が母語でない人の日本語を自分より下のものと見なす傾向があります。この現象は日本語に限りません。でも、その日本語って、本当に下手なんでしょうか? そしてその日本語が下手だとしたら、自分の日本語はどうしてうまいと言えるのでしょうか? いろいろな人が話すさまざまな日本語があり、そして、いろいろな人が話す英語もあります。一つの言語を話すには、いろいろな属性の人がいることをお話ししたいです。

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それは面白そうですね。確かに、日本人の話す日本語とアメリカ人の話す日本語、アメリカ人の話す英語と日本人の話す英語、それぞれ何が違うのか?と考えてしまいました。詳しくは講義でお話しいただけるわけですね。講義を楽しみにしています。今日はありがとうございました。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)
アジア言語文化学部日本語科講師
高倉あさ子さん

東京都出身。日本大学芸術学部放送学科卒業後にハワイへの語学留学を経て、放送関係の通訳として活躍。1994年ジョージア州の大学院に留学。ジョージアサウスウエスタン大学特別教育修士号、コロンビア大学日本語教育法修士号、ボストン大学言語教育学博士号を取得、教育学博士。ハーバード大学日本語科講師を経て、2001年より現職。2006年~2007年、南カリフォルニア日本語教師会の会長を務める。

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