オーラルヒストリー・片岡義朗氏(元・アサツー ディ・ケイ)第7回 | 【公式】開志専門職大学|ビジネス・起業・IoT・データサイエンス・アニメ・マンガのプロになる。

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オーラルヒストリー・片岡義朗氏(元・アサツー ディ・ケイ)第7回

7、少女向けアニメと2.5次元舞台へのアプローチ

(第6回【『新世紀エヴァンゲリオン』と大月俊倫プロデューサーとの仕事】はこちら

 

-- 少女向けのアニメもプロデュースされてますよね。『姫ちゃんのリボン』、『赤ずきんチャチャ』、『ナースエンジェルりりかSOS』あたりのお話もうかがえればと思います。

 

片岡 これは、『美少女戦士セーラームーン』でのバンダイさんの大ヒットを見て、タカラさんが同じ女児向けアニメを作って商品化して対抗しなきゃいけない、マーケットがあるなと思ったんです。それで『セーラームーン』が講談社の『なかよし』だったじゃないですか。だったら対抗で、『りぼん』がいいいんじゃないかと。当時は『ちゃお』が、まだそんなに売れてない時代だったので。それで『姫ちゃんのリボン』をアニメ化して、タカラさんが女児向けの商品化をしようっていうことになったんですね。それで、その後も『赤ずきんチャチャ』、『ナースエンジェルりりかSOS』と、『りぼん』の作品を3作品続けて、その後『ちゃお』の『水色時代』になったんです。
 このときは全く、「大きなお友達」目当てでは作ってないんですよ。でもキャラクターデザインの渡辺はじめさんっていう方の絵が刺さったんですよね。絵のおかげだと思います。

 

-- 『姫ちゃんのリボン』では、高橋良輔さんが演出協力にクレジットされています。これは、どういう役割だったんでしょうか。

 

片岡 良輔さんは、ユーティリティープレーヤーなんです。何でもできる方なんですよ。こう言うと怒ると思うけど、富野さんは『ガンダム』一筋になった。でも良輔さんは『ボトムズ』だけの良輔さんだけじゃないんですよ。演出家としても優れてるけど、とにかくいろんなことをやりたい方で、僕も女児アニメはやったことなかったので、「良輔さん、助けてくださいよ」って頼んで入ってもらったんです。

 

-- 『りぼん』の3作、全部、高橋さんが入られるわけですね。

 

片岡 そうですね。飲み友達だったんで。ぎゃろっぷも当時、女児アニメをずっと作り続けるっていう実績がなかったですしね。

 

-- この辺りは『セーラームーン』のようなマーチャンダイジングを前提にしていたんですか。

 

片岡 そうです。それでその前に僕は、1991年8月にバンダイと一緒に2.5次元ミュージカルの始まりと言われてる『聖闘士星矢』を、SMAPで作ったんです。テレビアニメの『聖闘士星矢』はアサツーの扱いじゃなくて、東映アニメーションの作品なんですけども、放送局はテレビ朝日で、広告代理店は東映エージエンシーという会社だったんですよ。それをアサツーの僕がバンダイと一緒になってミュージカル作ったら、東映エージエンシーは怒るじゃないですか。僕はバンダイの社長だった山科誠さんという創業者の2代目のご子息と仲が良かったんで、彼と2人で話して、「面白いミュージカルを俺たちだけで作ろうぜ」みたいなことで、『聖闘士星矢』がいいんじゃないかってなったんです。山科さんに、「日本の既存のミュージカルは面白くないし、日本の文化の中ではミュージカルっていう表現のジャンルが小さいから、もっと、それを大きくしたい」と言ったら、「バンダイがやってしかるべきミュージカルタイトルを、片岡君が考えてよ」と言われたので、「それだったら『聖闘士星矢』がいいんじゃないですか」と。だってとにかく派手じゃないですか。聖衣だったり、死ぬか生きるかだったり。車田正美先生の熱量がいっぱいのマンガだから、アニメも素晴らしかったけども、舞台化もうまくいったらと。SMAPが出てくるなんていうのは思ってもなかったんだけど。
 それで僕なりに自信ができて、この路線を作れるなと思ったんです。ですから、『聖闘士星矢』をもう一回やってもいいと思っていたし、その後で『セーラームーン』をミュージカルにするっていう案も出て来たんだけど、そのときにはさすがに東映エージエンシーが、「なんでアサツーがやるんだ」って猛烈に抗議して、アサツーは降りることになったんです。
相手の言ってることは、すごく筋が通ってるんですよ。あらゆる二次利用は、オリジナルの1作目を作った関係者がそのまま引き継いでやるっていうのがアニメ業界のルールだから、『聖闘士星矢』のミュージカルをアサツーがやったってことそのものが、業界のルール破りだったかもしれないと、今ではそう思うんですけども。
 でも僕は「ふざけんな。『聖闘士星矢』をミュージカルにしようって誰が言いだしたんだよ」って。誰かがルールを破るぐらいのこと、やらないと始まらないじゃないですか。でも『セーラームーン』はバンダイミュージカルオフィスがやるって話聞いて、だったら『セーラームーン』と違う女児向けのミュージカルを作りたいなと思ったんです。それでタカラの意向があって、僕の感覚でも、女児もののマーチャンダイジングマーケットを『セーラームーン』が広げてくれたから、当然うまくいくと思ったんで、『姫ちゃんのリボン』の舞台化が決まりました。
 アニメの方は、良輔さんが入ってくれたことで、しっかりできてましたからね。それで例えば、大地丙太郎とか桜井弘明とか佐藤竜雄とかが、みんな勝手にいろいろとやりだして、勢いがあったんですよ。特に『赤ずきんチャチャ』は、一番3人が活躍してくれたんですよね。それで、この路線はずっと続いたんです。

 

(第8回【『遊☆戯☆王』2度目のアニメ化】に続く)