蕗谷虹児賞受賞者マスタークラス・伊藤秀次氏(アニメーター) 第3回 | 【公式】開志専門職大学|ビジネス・起業・IoT・データサイエンス・アニメ・マンガのプロになる。

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蕗谷虹児賞受賞者マスタークラス・伊藤秀次氏(アニメーター) 第3回

【フリーとしての活躍と業界のデジタル化】

(第2回 【上京、そしてマッドハウスへ】はこちら

 

-- 先ほど、名古屋から出てこられた後は特にコネクションがなかったとおっしゃいましたが、マッドハウスを出られた後は、どのようにして原画のお仕事を獲得されていったんでしょうか。

 

伊藤 西尾鉄也が所属していたアニメスポットという会社があって、『幽☆遊☆白書』のグロス請けをしていました。それで彼が、話数の演出担当の方と作画監督に、こういう人がいて仕事が欲しいと言っているんだけど、携わってもらってよいかと聞いてくれたらOKが出たんです。これで自分はフリーということでよいのだろうと思って、マッドハウスを辞めて、アニメスポットで原画を担当しました。ただ、『幽☆遊☆白書』は1回しか関わっていませんが。

 

-- アニメスポットに席を持ったのではなくて、自宅で作業をされていたんでしょうか。

 

伊藤 当時はそういう形ですね。その後、マッドハウスの先輩であった鈴木典光さんが、「サンライズで原画マンを探しているよ」と教えてくれまして、またポートフォリオを持ってサンライズに面接へ行ったところOKが出て、それでつながった感じです。

 

-- そこからしばらく、サンライズ作品を担当されていく。

 

伊藤 はい。サンライズの上司的な存在が、そえたかずひろさん、菱沼義仁さん、筱雅律さんというお三方で、私の作画の師匠です。

 

-- ここまではテレビやOVAのお仕事の話が多かったんですが、本日は映画祭ということで、映画にまつわるお話も伺っていこうと思います。2000年前後に、『SPRIGGAN』や『イノセンス』、『スチームボーイ』など、大作の劇場版のお仕事が続いていますが、何か印象的なことがあれば教えてください。

 

伊藤 まずは、先輩の竹内志保さんの紹介で『SPRIGGAN』という作品に入りまして、しばらくそれに携わっていました。当時は単価契約だったので、監督の川崎博嗣さんが「あいつは頑張っているからお金を足してやってくれ」と言ってくださったんですが、かなり余裕のない生活でした。その後、『SPRIGGAN』の終わり間際に、STUDIO4℃の田中栄子社長から、「スチームボーイもやってくれたら拘束でお金を払う」と言われました。拘束というのは、毎月幾らで雇ってもらえる形態です。そう言われて断る理由はありませんでした。だから私の中で、『スチームボーイ』と『SPRIGGAN』はひと続きなんです。『スチームボーイ』は、私だけでも5年かかっていて、本当に生活が安定しました。田中栄子さんも恩人です。最初に私へ価値をつけてくださった方です。ただ、『スチームボーイ』は途中で制作会社が今のバンダイナムコフィルムワークス(旧サンライズ)に変わっています。そこでいったん切れた感じではありますが、後々でSTUDIO4℃からも、お話をいただけるようになりました。

 

-- 『スチームボーイ』に5年間携わられたとおっしゃいましたが、当時、制作現場はかなり難航していたんでしょうか。

 

伊藤 会社が変わっているという点もありますが、デジタルで映画を1本作るという試みが珍しかったわけです。当時のアニメでそこまでデジタルを使った作品はなくて、仕上と撮影がデジタルという程度でしたから。『スチームボーイ』は本格的にデジタルを導入してアニメ映画を作ってみようという意気込みだったので、システムを最初から組み直す等、さまざまな作業をしていたことで、時間を要してしまったんだと思います。

 

-- バンダイビジュアルのデジタルエンジン構想の中にあった作品の一つですね。その中で伊藤さんご自身は、デジタル作画に関わっていくようなことをされたんでしょうか。

 

伊藤 まだ当時は、デジタル作画をしている人も少なかったと思います。メカニック等をほぼ全てCGで作画するという話ですね。キャラクターやエフェクトは、CGガイドに合わせて作画をしなければいけませんでした。そういう作業が本当に多かったと記憶しています。

 

-- アニメーターの方は紙で作業をされていたんでしょうか。

 

伊藤 はい。CGガイドをプリントアウトしてもらって、そのガイドやCGのメカの動きに合わせて、エフェクトやキャラクターを描く作業をしていました。この作業はさまざまな作品で、今でも行われています。先日も『(機動戦士ガンダム)閃光のハサウェイ キルケーの魔女』で、そういうカットを担当しました。

 

-- 伊藤さんご自身は今でも紙で作画をされていますか。

 

伊藤 はい。かなり怒られています。

 

-- デジタル作画にせよということでしょうか。

 

伊藤 はい。先日ついに、色彩設計の人にまで「いいかげんにしなよ」と言われました。そのような気持ちがないわけではないので、デジタルに取り組もうと思っています。

 

(第4回 【アクションを描く】に続く)