【アクションを描く】
(第3回 【フリーとしての活躍と業界のデジタル化】はこちら)
-- フィルモグラフィーの話題に戻ります。西尾鉄也さんとのお仕事は、ポピュラーなところですと、『NARUTO -ナルト-』が大きいと思いますが、いかがでしょうか。
伊藤 『NARUTO -ナルト-』に関しては、西尾鉄也から言われたということではなく、最初の映画である『NARUTO -ナルト- 大活劇!雪姫忍法帖だってばよ!!』を作るときに、テレビシリーズのスタッフが忙しいから使えず、映画のために別の班を組織するという流れで、私も呼ばれたんです。
-- その後も幾つかの劇場版に関わられるわけですが、それもテレビシリーズとは別班で、劇場版を作られていた。
伊藤 はい。プロデューサーも異なりましたし、仕切りも映画のためのものでしたね。『SPRIGGAN』の監督であった川崎博嗣さんが、最初に『NARUTO -ナルト- 大活劇!雪姫忍法帖だってばよ!!』の話を振られたのですが、「ちょっと俺はな」ということで、岡村天斎さんを連れてきました。そういう人集めの仲介を、川崎博嗣さんは数多くされていたんです。もう一人のプロデューサー的な立ち位置ですね。その中で呼ばれたのが、われわれです。当時は『スチームボーイ』が終わった頃だったので、本当にその制作関係者が流れ込んだ形になります。
-- 『NARUTO -ナルト-』はテレビも劇場版もアクションが見どころだと思います。その辺りで、伊藤さんご自身として思い入れのある作品やカットはありますか。
伊藤 『NARUTO -ナルト-』劇場版の作業中に、テレビで松本憲生さんが参加される回が放送されて、全員が落ち込みました。「こっちのほうがすごいじゃん」となったのを、鮮明に覚えています。
-- なかなか残酷な話ですね。
伊藤 残酷でした。
-- ただ、『NARUTO -ナルト-』に呼ばれるということは、伊藤さんもアクション系のアニメーターとして、お仕事を依頼されている形だったんでしょうか。
伊藤 当時は、嫌がらずにするというところが評価されていたんじゃないでしょうか。「あいつは頑張って最後まで仕事している」といった感じかと思います。
-- この作品は、本当に自分でも頑張ったというものはありますか。
伊藤 『ストレンヂア 無皇刃譚』という作品です。ボンズの主力の人たちがほぼ参加した作品で、士気が高かったと記憶しています。関わる前に監督の安藤真裕さんから、「オープニングは伊藤さんで、最後は中村豊さんで行くから、よろしく」と言われました。私としては、「よろしく?」といった感じでしたけれど、安藤さんには最初からそのような意図があったようです。
-- 冒頭のチャンバラのシーンで、主人公のライバルに当たるキャラクターが3人、4人と切っていく、非常に長いシーンを担当されています。
伊藤 はい。このカットは横にパンをしているんですが、どこまで枚数を使って面倒なカットが描けるのかというチャレンジをできるのが劇場アニメの醍醐味です。時間をかけて、そういったカットを作っていきます。監督はそれをやりたかったようです。私としては、それならばこういう感じでしょうかということで描き上げました。
-- このカットは何枚ほど描かれたんでしょうか。
伊藤 枚数は定かでないんですが、6秒は超えていたと記憶しています。アニメーターの感覚で言うと、6秒は長いという感覚になると思います。
-- 何日くらいかかりましたか。
伊藤 レイアウトのときと原画のときで少し時差があるので、日数換算は難しいんです。ラフで描いたレイアウトを出して、OKが出て返ってきたものを原画に起こしますから。だいたい1週間くらいか、それ以上かけたかもしれません。
-- ここで出ているシーン以外に担当したカットはありますか。
伊藤 映画は通常、スケジュールの終盤になると、やりきれないカットがぽつぽつと出てくるものなので、そういったところを少しずつ拾ってやるんですが、『ストレンヂア』では基本的に、オープニングのシーンのみを担当しています。
『ストレンヂア』で世界的に有名なのは、最後の中村豊さんのシーンですね。まずアクションレコーダーに中村豊さんが自分のカットを打ち込んで、監督と2人でああだこうだとひそひそと議論しているわけです。私が、何か面白そうだと思って2人の後ろで見ていると、中村豊さんが気付いて、「なんで見ているんですか」、「いや、見学させてもらおうかなと思って」、「駄目ですよ。ちゃんと自分の仕事をしてください」って、私の席までわざわざ連れていって、「はい、座って座って」と座らされました。見られたくなかったんでしょうね。あの2人は魂のやりとりをしていたんだと思って、すみませんでしたという気持ちになりました。
-- 2人だけの秘密だったわけですね。その『ストレンヂア』の前後、ボンズ作品では『鋼の錬金術師』にも関わられていると思います。その辺りはいかがですか。
伊藤 『鋼の錬金術師』も、今をときめく人たちが数多く参加されてました。亀田祥倫さんや押山清高さん辺りの人たちが、自分たちの作品を作るんだという意気込みで中心になって進められてましたし、私は前の作品で疲れ切っていたので、本当にお手伝いのつもりで入っています。その人たちを見ているのは、本当に面白かったですね。ライバル心を持って取り組んでいるんだなと、客観的に見ていました。
-- 劇場版『鋼の錬金術師 嘆きの丘(ミロス)の聖なる星』は、作画がかなり特徴的でしたね。
伊藤 制作陣が、テレビシリーズの人たちではないわけです。作画監督は小西賢一さんで、アニメーションディレクターは押山清高さんが担当してます。あの作品もかなり徹底管理していて、こちらから「このような感じですか」と出すと、「こういうふうにしてください」と、しっかりした修正を受け取る仕事でした。すごいなと思った記憶があります。若い人たちが意識高く取り組んでいるのを、影から見ていたイメージです。
(第5回 【近年の作品、そしてアニメーターとしての心得】に続く)