【6,「合作」での海外企業との交渉】
(第1回 「日本アニメーションからテレコムへ」はこちら)
―― そうすると竹内さんは、82年の渡米から89年7月の公開まで、大体7年、間で別の作品に入られているにしろ、『NEMO/ニモ』にずっと関わっていますね。
竹内 関わらざるをえなかったからね。
―― 元々、テレコムは、『NEMO/ニモ』がメインプロジェクトだったとは思いますが、その間に合作を入れていくのは、スタッフに仕事を回す必要があって、営業して取ってきているのですか。
竹内 うん。何かはやらなければいけないから。少なくとも『NEMO/ニモ』制作が目標から消えない内は、合作をやった方が覚えた技術をきちんと発揮できるし、評価も非常に高かったから。
―― 当時は東京ムービー作品も、テレビアニメがかなり減って、合作と劇場というような感じになっていて、そこは藤岡さんのチョイスもあったとは思いますが、テレコムでも主体的に方針を定めているところはあるわけですか。
竹内 『NEMO/ニモ』以降は、ワーナーブラザーズが中心になるでしょう。それ以前は、『ワズルス』『リトルズ』があって、「ガミーベアズ」、『くまのプーさん』のテレビシリーズ。この辺りが、アメリカでは、アニメーションの評価が非常に高かった。『プーさん』でも、うちが作ったものが、エミー賞に2作品ぐらいノミネートされている。
でもディズニーは、こちらが作ったことを、クレジットしてくれないわけ。ディズニーの新作のパイロットを作った時には、「こういう修正をしてくれ」と言ってきて、それはリメイクなのに、こちらの責任でやり直しをさせようとする。藤岡さんに僕は「ケンカしてきていいですか」と言って、「リメイクでお金くれなかったら、やらない」という話にした。結局、お金はもらったけれども、「ディズニーは、もうやらなくていいや」で、これが最後。当時、テレビとは言え、ディズニーを蹴った会社はうちだけだと思うよ。藤岡さんも度量があるというか、よく許したと思う。この交渉は当時のハリウッドのディズニーTV本社でやったからね。
その頃にちょうどワーナーがテレビアニメーションのスタジオを立ち上げることになって、「話したい」と言ってきた。それで、ワーナーの話をまずは聞こうということで。始めての作品が『タイニー・トゥーンズ』。その当時、ワーナーTVアニメーションがスタートしたばかりの、人も揃っていない頃で、そのときに、ジーン・マッカーディが社長で、ティム・サーノフが経理担当で尚且つプロデューサーかな。
もう1人、ディレクターのトム・ルーガー。彼が、癖のある人で、夢中になって話しをすると、どんどんこちらに近づいて来る。「おい、待て」と気持ちで押し返しても、僕を追ってくる。熱意が感じられるし、作品にも好感が持てるんだけれど、「パイロットを作ってくれ。ただし試しだから、お金は払わない」。「幾つかの会社で、どこが良いかを決めるためのパイロットだから」と。それに対し、「それはだめだ。うちはアメリカでの実績があるから、パイロットでもちゃんとお金を払ってくれ」というような交渉になった。初めて会った日にここまで踏み込んだ話しが出来る、ジーン・マッカーディという社長は非常にオープンで、権威主義的ではなく、きちんと理詰めのことは話を聞くという態度だったので、良かった。その後の契約書なども、「いや、ここは違う」ときちんと理詰めで主張すると、それに対して応えてくれる人だったので、ワーナーブラザーズは、非常に居心地が良かった。
始めはアニメーション部分だけだったけど、信頼度を増しながら、キャラクターを作ったり、絵コンテを作ったり、と。要するにプリプロ段階から入ることで、アメリカのビジネスと制作のシステムをきちんと学んで、アメリカ向けの作品を作りたいと、僕は思った。実際には『バットマン』からかな。絵コンテを作ったり、サブキャラクターを作ったり、そのようなことの出来るスタッフをロスに送り込んで、シナリオで絵コンテの打ち合わせをして、こちらで絵コンテを作って、その絵コンテを基にして、日本でアニメーションを作ることをやり始めた。
良かったのは、その当時は円高で楽ではなかったけれど、向こうがそれなりの予算を出してくれたこと。
―― プラザ合意以降だと、合作をやめるところもありましたね。東映アニメーションはもうその頃に一度やめてしまっているけど、東京ムービーとテレコムは続けている。
竹内 『ワズルス』のとき、ドルが変動制になった。頭のときは250~260円で、結構早い段階で150円くらいになったけれども、トータルの金額で、やはりメリットがあった。要するに、アメリカでもディズニーやワーナーのバジェットは大きかったから。それ以前の合作とは予算が違うし、仲介業者で中抜きをしていた人もいるのではないの? ジーンはクレバーで清潔だった。それが良かった。うちにとっては。
―― 変動相場制のときは、支払はドル建てで決まっているんですか。それとも、円で?
竹内 ドル建てだったけど、交渉して円でもらったこともありますよ。最初の頃は180円くらいだった。為替の話しは、どちらかが得で他方が損という話しでは無いから。お互いに制作費を自国通貨に換算し、これ以上安くなったら困る、高くなったら困るという話し合いをした。こちらは普通、円が高くなると困るので、「円建てにしてくれ」と頼んだこともある。円を事前予約して払ってくれるんだけれど、為替の変動は、向こうもリスクが大きいんだよね。それでやはり、「ドルにしてくれ」というところに落ち着いて、最終的にはドルでやり取りをすることになった。うちは1話あたり、絵コンテなど、プリプロ部分を含めて27万ドルくらいだったから、為替レートは影響が大きい。
とにかくワーナーとは長く付き合ったね。やっぱり人間だと思う。ジーンは正直で、ストレートだったから。『バットマン』のときに、ブルース・ティムがディレクターなると「ブルースはピーキーだから、コウジと合うかな・・・」と心配してくれ、打合せの後に、「問題ないよ」と伝えると、「お~、よかった」と嬉しそうになる。
それから、ケン・デュワーという、元DICにいた人がワーナーに入ってきて。彼は日本語が喋れるので、話がもっとしやすくなった。やはり契約の問題で、円建て・ドル建てだけの問題ではなくて、いろいろな保険条項が入っていた。
そのひとつに、「完成保障」という保険があって。作品を期限に間に合って作れればいいけれど、そうでなかった場合、例えばメインスタッフが亡くなってしまって、制作が続けられなくなったとか、単純に制作が遅れて納期に間に合わせられないとか、そんなときに下りる保険がある。完成保障保険は、アメリカでの映画制作のときには、プロデューサーはまず入らされる。「ニモ」の時には僕も入らされた。でもこれは日本にはない保険だ。だが契約書には、それに入らなければいけないという条項があった。僕は、「それは日本にはないから、だめだし、無理だよ」と言って削除してもらった。
その他にも、向こうからスーパーバイザーが来る、そのスーパーバイザーが日本で事故に遭ったら、「彼のけがなどを保障する保険に入れ」と。「それはあなたたちが入る問題で、僕は知らない。うちの会社のスタッフを守る保険には、僕たちの会社は入っている。それから会社の中の物が、例えば地震で壊れたりしたときに下りる保険には入っている。だけど、そちらのスタッフの保険は、そちらでカバーすべきだ」と、突っぱねました。
でもね、その当時よく言われたのは、「そういう話をしてくるのは、おまえだけだ」と。ワーナーとは10年間ぐらい仕事をして、随分後から日本や韓国の他の会社も仕事をするようになったんだけど、「他のところは、この契約書でサインしてるぞ」と。でも、どう考えても彼らが契約書をきちんと読んでいるとは思えない。ワーナーの弁護士が、日本の保険会社でアメリカと関係のある保険会社があるからと紹介され、そこに聞いたこともある。しかし、日本の他の保険会社と同じで、「映像の完成保証保険」は存在しなかった。そこでそのような保険を特別に作ったらという見積もりを取った。すると、保険だけで制作費の15%とか20%というかなりの金額になったから、「こういう金額になる。これを代金に上乗せしてくれるならいいけれど、そうじゃないと、だめだ」と。だから、日本の他の会社が保険に入っているわけがない。だけど、彼らは平気でサインをしている。僕は、それはやらなかったからね。
―― 英語でやり取りをしているわけですよね。
竹内 そう。もちろん最終的には通訳を立てるけれども。シナリオや契約書は、とりあえず自分で何回か、英語のまま読む。英語で何回か読んでいくと、当然、分からないところがたくさんある。分からないところはそのままにして、全体を何回も読む。そうすると、前後の関係から分かってくることがある。その頃に翻訳が上がって来るので、「このこと、どういうこと?」と、聞いたりする。とにかく全部通訳を待っていると、通訳の言葉になってしまって、きちんと理解できていないことがある。法務の通訳だったら常套文があるからいいけれど、シナリオや絵コンテの場合には状況や設定の理解が間違っていることもあるから、現場で話をして、「これはどういうこと?」と聞いて、説明を受けた方が分かりやすいことがある。契約書の場合には、契約書をもらったら、それを一晩二晩くらい、何回も読んで、それから向こうへ行って、「こことここが、分からないんだけど、どういう意味?」「これは何を言ってるの?」と聞いたり。で、最終的に細かいことで確認しなければいけないところは、通訳と弁護士を含めて確認をして、サインをするようにした。どこが分からないか、何が自分にとって明確でないかが分かっていれば、それを聞くことは恥ずかしいことじゃないから。日本は、何でも分かってる、知らない事でも分かってるみたいな人が多いけど、そんなの世界じゃ変だから。
その他にも、僕たちの方から、詳しい条項を付け加えたこともある。例えば、契約書のクオリティ条項に、「最高品質のものを作る」などと書いてあったりする。これって非常に曖昧で、「最高品質って、何? 僕が最高品質だと思っても、あなたが最高品質だと言わなかったら、どっちがジャッジするの?」。向こうがジャッジするという話になるに決まっているから、「だめだ。だったら、書き込もうよ」と。例えば、「テレビシリーズの『スーパーマン』と同じようなクオリティ」、あるいは、「ディズニーの何とかと同じようなクオリティ」などと。これは品質の高い・低いという問題ではなく、雰囲気だと後々トラブルになったとき、お互いが困るから。
だから絵コンテに描いてあることと違ったこと、例えばカメラ・アングルを変える、あるいは処理を変えるようなことが起こったら、それはリメイクであると明確に主張する。絵コンテは一緒の契約書だから。こちらも打ち合わせで言われたこと、あるいはエクスポージャー・シートにあることが、なされていなかったら、こちらの責任だ、それはリテイクであると。そこも切り分けた。
日本の場合はリテイクもリメイクもいい加減にやっていて、今でもそう。あれが全くだめで、ギャランティがおかしいのは、そこだよね。監督が、「アイレベルをここに持ってきて」と打ち合わせをして、それでレイアウトを作りました。そうしたら、「これ、ちょっと格好悪いから、アイレベルをもっと上げてくれ、下げてくれ」と言ったときは、リテイクになってしまうでしょう。それもレイアウトの段階であればいいけれど、原画になってから、「いや、ちょっとこれ、変えましょう」という話になったときでも、今の日本では、それをリテイクとして、原画がやらなければいけない。それはおかしいよ、と言い続けた。
それ以降、日本に戻ってきたときも、基本的にはリテイクとリメイク、局Pが言ったとしても、「それは違います」と、僕は突っぱねた。そうならないように、事前に打ち合わせをしなければいけない。特にコマーシャルのときには、アイレベルがどこだとか、怪しいときには、やはり確認する。そしてお互いが、ワンステップずつ納得して仕上げていく。それはアメリカ式と言えばアメリカ式だけれども、やはり、ものを作るときの順序としてそれがなければいけないと思っているから、それをそのままやっている。日本のビジネスは、そういう意味で間違っていると思う。
―― 要するに、仕様書をはっきりせずに発注・受注をしているということですね。
竹内 そう。仕様書が、本当にはっきりしていない。最初の絵コンテのときに打ち合わせをするじゃないですか。そのときに、怪しい部分は突っつけるプロデューサーでなければいけない。絵コンテが読めるとは何かといったら、要するに、中に書いてあることだけではなくて、どのような処理でアニメーションが成立するのかを分からなければいけない。その訓練が、日本のプロデューサーにはできていない人が多過ぎる。
その次は、途中で何をチェックするのかという項目を明確にする。レイアウトならアイレベルだったり、あるいはアニメーションのキャラクターの移動距離だったり、幾つかのことを見ますよね、ということを最初から確認しておかないと、後からそれを言っても仕方がないからね。だから僕は、今の日本では、制作スタッフの技量不足という問題が一番大きいと思う。普通、それをロジカルに言って分からない人はいないけれども、怒り出す人が、日本の局プロにはよくいるからね。
―― 欧米でも、先ほどワーナー作品はやり心地が良かったという話でしたが、ディズニーやDICなどでも、その辺りはある程度、共通していますか。
竹内 ディズニーは、自分がミスしたことを認めない。ディズニー以外のクレジットは入れない。ワーナーはきちんとクレジットしてくれて、エミー賞を4回もらっているけれども、賞を取るかもしれないと呼んでくれた。スタッフとしての扱いが全然違う。
DICはどうかというと、一時、DICジャパンがあったので、フランス人と日本人の親和性は結構高いとは思うけれども、ただ日本でやっている人間が、あまりにもいい加減過ぎた。日本のDICにいた日本人は、誰もアニメーション業界で残っていないものね。
合作って何だろうな。僕は合作でもっときちんと上手くできればよかったとは思うけれども、上手くいかなくて。その後、『サイバーシックス』や『パタパタ飛行船の冒険』を作ったけど、それは海外と、お金や知恵を出して、「一緒に作りましょう」とやったわけ。作る面ではうまくいったと思うけれども、作品としては、例えば日本の視聴者を満足させられるものには、なかなかならなかった。これから、日本の視聴者も変わってくると思う。前は、オリジナルのものは見てくれない。局も買ってくれない。僕は『サイバーシックス』は非常に出来が良いと思っているけれども、なかなか買ってくれない。あれはアルゼンチンの原作で、カナダとの合作。
―― 日本では最初、キッズステーションでの放送ですね。
竹内 うん。『サイバーシックス』も、見てもらうと分かるけれども、アニメーションのクオリティは非常に高いです。HDでいけるかどうかのテストもした。ただ、画角はSDだけれどもね。これは拡大しても大丈夫だということで、やった。
―― 合作は、竹内さんが海外に行って打ち合わせをされるのですか。それとも、向こうからスーパーバイザーが来る?
竹内 例えば、ディズニーの場合には、ディズニーのスーパーバイザーが来る。ワーナーの場合は、スーパーバイザーはいつ来てもいいという項目が契約書の中にある。だけれども、例えば『バットマン』や『スーパーマン』をやっているときは、僕がスタッフを連れて向こうに行っていて、向こうで打ち合わせをして、僕たちが完成したものを日本に送っているわけなので、スーパーバイザーは基本的に、日本では要らない。彼らは、僕のことを信用しているということです。そういう感じが、ワーナーブラザーズは多かった。
ただ、テレビスペシャルや、ビデオスペシャルとなると、ワーナーで絵コンテを作ることが多いから、絵コンテの中身を説明する人間が来る。そのときに、「アニメーションの進捗状況を教えて」というようなことはある。でも、そのようなことはあまりなかったけれどもね。
カナダや韓国などの場合には、フィフティ・フィフティだから、別にスーパーバイザーは来てもいいし、来なくてもいい。アドバイザーは権限がないけれども、スーパーバイザーは権限があるので、できるだけスーパーバイズする人は、こちらが受け入れないという契約にする。五分五分の場合には、向こうにスーパーバイズの権利を渡すことは、まずない。こちらがスーパーバイズしている。どちらがお金やアイデアの面で決定権を持つかという話なので、なかなか難しい。
スーパーバイズされる側になったとしたら、「できるだけ良い人間を送ってくれ」だとか、いろいろなミーティングをやったときにメモを残して、「彼がこう言った」「こういうことをした」「それに対して、こっちはこう答えた」というものを残して、後で文句が出ないようにするだとかいう段取りはきちんと踏んだ。僕は、ミーティング・メモは必ず残した。翻訳や通訳に当たった人は、それを必ず残す。それは、こちらだけではなくて、向こうにも共有してもらった。そうすることで、信用度が増す。結局、こちらが間違ったことを言っているのではなくて、「こういう段取りで、こういうことをやったんだ」と、大っぴらに分かるようになるので。
この前フランスに行ったときにある人が話したのだけれども、イベントの打ち合わせで日本人とフランス人がテーブルに座っていて、「明日からのイベントは、こういうふうにやります」と説明され、日本人は発言しないで、「はい」と言って、終わった。そうしたら、日本人が残って、「あれ、無理だよな。こういうふうに言っといて」と、イベントの日本人オーガナイザーの彼に言った。日本人の悪い癖です。その人は頭に来ていたけれどもね。きちんと打ち合わせをやっているときに言わないと、向こうの人には分かりませんよ。翌日になって違うことが、どこかからぽこっと出てきたら、「何で?」と思ってしまいます。
―― 信用しないですね。
竹内 そう。だから、信用度が上がらない。信用の積み重ねが大事だから、良いことだけではなくて、積み重ねのためのメモをきちんと作ろうということで、それをやった。日本は自分では残しておいても、あまり打ち合わせメモを作らないものね。
―― 議事録を確認するという作業ですね。後で問題が起こったときに、それを確認して、「こうだったからこうした。それでこうなってるから、どうしますか」ではなくて、そのときのニュアンスで対応してしまう。
竹内 そうだね。今、東京アニメアワードフェスティバルをやっているでしょう。その議事録も「ちゃんと残して」と言っている。それは僕らをプロテクトするためだけではなくて、この後、他の人がやったときにも、このような方針でやったということが指針になる場合がある。判断基準を、どこかに残しておかなければいけない。だから、それは残してある。
―― その話は深く共感します。それができない組織もあるので。
竹内 こういうやり方は、たまたま合作をやったからということもあるけれども、知らない人どうしが最初から意思の疎通が取れるとは思えないわけですよ。『NEMO/ニモ』のとき、とにかくアメリカ人は、「ストーリーをこう考えました」「こういう絵を描きました」と出してくる。「この展開の中で、それはないだろう。馬鹿なのか」と思うわけ。日本人の場合は、ある程度みんなで顔を見合わせて思うことがあるから、あまり馬鹿なことを言う人はいない。ところがアメリカ人は、「やってみなきゃ分かんないだろう」と言う。良くも悪くも、フロンティア・スピリッツのようなものがあって、最初の頃は「こいつら馬鹿か」と、本当に思った。だけれどもそのうちに、彼らにも凄いところがあって1%でも可能性があるならやってみたいという気持ちがあったりする。そうすると結局、それを早めに潰すのもありだし、「こういう範囲でやってみろ」と言うのもありだし、それをきちんと話し合いの中で、残しておかなければいけない。ただ、のべつ幕なしだったら、給料泥棒だからね。そういうことは『NEMO/ニモ』で、生活習慣も違うし、顔も違ったりするような人間と、どのようにつき合うかということで、本当に勉強したことがかなりあるね。
(了)