学長室の窓から Vol.7 「前例、時期尚早と生成AI」

2023年11月27日

「前例が無いという人は、100年経っても前例が無いと言う」
「時期尚早という人は、200年経っても時期尚早と言う」

 

これは、今から約40年前、日本サッカー協会の幹部会でサッカーのプロ化について議論になったとき、当時のプロ化委員長で、のちにJリーグチェアマン、サッカー協会キャプテンを歴任された川淵三郎さんの怒りの発言である。
当時、日本のスポーツでプロとして成立していたのは、大相撲、ゴルフ、野球くらいだった。サッカーは、天皇杯決勝の観客数が約3000人だったこともあるほど人気がなく、有料で試合を見せるプロ化は無謀というのが常識で、消極論、慎重論が大勢を占めていた。

しかし、「要するに、アイデアがない、やる気がないことを自白しているようなものだ。」
と川淵さんに一喝されて、サッカーのプロ化はスタートする。
結果は、ご案内の通り、Jリーグの大成功、日韓ワールドカップの開催、日本代表がドイツ、スペインに勝てるほどの世界の強豪に成長することとなった。

川淵さんは、「バブル崩壊の直前にスタートできたのは運が良かった。あのタイミングを逃していたら失敗していたかもしれない。」と回想されている。
サッカープロ化の成功は、バスケットやラグビーのプロ化にもつながり、川淵さんは日本のスポーツ文化変革の功労者として文化勲章を今月受章されることとなった。

 

生成AI の利用が進んでいる。AIが進歩して人間の知能を超えるシンギュラリティとはこのことだったのか、と思うほどである。文章の作成から問題解決案の提示、著作物の改善までこなす。孫向けのオリジナル童話を生成AIに作成させた友人が「実によくできているが、部分的にはどこか聞いたことのあるような印象も受けるところがある。」と言っていた。過去の童話のビッグデータをもとに生成(創作)したからだろう。

コンビニの父と称された鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス会長は、「データ分析による新商品開発など信用しない。データは過去の情報の集積で、そこから「コンビニでおにぎりを売る」という画期的なアイデアは出てこない。仮にそれらしきものが出てきたとしてもそれは競合他社も同じ条件で知りうるので、先行者としての利益が出ない。」と言っておられた。
当時よりもはるかに精緻な解決案を出す生成AIでも結果は同じかもしれない。

 

起業を目指す学生諸君は生成AIをどのように活用するのだろう。創業の苦労を緩和するのに役立つことは間違いない。しかし、他の追随を許さない独創的なビジネスアイデアを生成AIに期待するのは無理だろう。まして、やる気や決断のタイミングまで生成AIに依存することはできない。

やはり川淵さんや鈴木さんは偉大なのだと思う。

(学長 北畑 隆生)