新潟視覚芸術研究所 × 開志専門職大学

オーラルヒストリー・真木太郎氏(株式会社ジェンコ)第7回

【7,発見する楽しみ】

(第6回 「「映画」を作る」はこちら

―― 新潟国際アニメーション映画祭でもプロデューサーをされていますね。

 

真木 いま配信の時代になって、圧倒的にグローバルというか、海外の人が見るんですよ。今まではどっちかっていうと(パッケージの)輸出だから、輸入業者はその国にユーザー、お客さんがいるということで買ってるわけです。ところがネットフリックスだったら、バーンと全世界で何億何千万人に向けて、リリースするっていうやり方ですよね。そうすると、もはやアニメというか日本のスタイルというか、そういうものが生まれたときからなじみがある映像、日本で当たったものを好むっていう層は、明らかにあるけど、それはやっぱりコアなファンであって、日本で当たってるか当たってないかっていう情報を知らずに見ていくっていうライトなファンが、自然に増えますよね。そうすると、日本で当たったものって意味をなさなくなる。

どういうことかというと、日本で当たったものっていうのは、要するにみんな同じ、金太郎あめなんですよ。それは確かに見やすいし心地いいかもしれないけれども、やっぱり限界はある。そうすると、極端な言い方をすれば、日本のユーザーを無視する(こともありうる)。でも当然、日本のクリエイターが作る以上は、日本のアニメの作り方っていうものを、今後グローバルにどう受け入れてもらうかっていうのも、僕の一つのテーマです。

『(週刊少年)ジャンプ』はもちろん、『ジャンプ』の基盤があってのビジネスで、作家性っていうのはやっぱり、その人がどういう影響を受けてそういう作家になったか、若いときにどういう映画を見たか、みたいなことが基盤で、これはまた逆にグローバルじゃないですか。例えば『スターウォーズ』とか、アニメで言うと『ヤマト』とか『幻魔大戦』とか『AKIRA』とかの影響を受けた人じゃない、もっと次の世代の作家性が出てきてるはずなんで、それをどういうアニメーション、どういう作品として届けるのか。

特に映画祭であれだけ、「えっ、こんな映画、アニメがあるの」っていう作品を数多く見せられると、「一体、この日本はなんだ」と思っちゃう。これはやっぱり、遅れてるというより、刺激って言うんですかね。だから発見する楽しみ、みたいなことは、やっぱり誰かが、やらないといけないんじゃないのかなと思う。

僕はやっぱり、『この世界(の片隅に)』の体験っていうのは大きくてね。あれがある、なしでは、ジェンコも僕も含めて、全然違うと思う。『千年女優』ってもう20年前だし、やっぱり、それは今敏っていう天才がやっただけだから。『この世界』って、もちろん片渕の天才性、作家性があるんだけど、みんなが「当たらない」と言ってお金が集まらなくて頓挫してたものを、クラウドファンディングっていう起死回生の手法によって世に出して、しかもヒットして、賞をあれだけ取ったっていうのは、やっぱりクレジットしたうちの成功体験として大きい。でも、製作委員会のプロの投資家が駄目だと言って、お金が集まらなかったものが、あれだけ当たって、しかもあれだけ賞を取るっていう、このギャップはなんなのかってところだよね。やっぱり、ユーザーの勘、嗜好のほうがはるかに正しいわけですよ。(ユーザーは)つまらないものを「当たった」って言ってるんじゃない。

100人に訊いたら100人が「そんなの、当たらないよ」って言ったマーケットを切り開いていく、それに対してユーザーが「待ってました!」って応えてくるっていうことが、できるか、できないかっていうのは、かっこよく言うと、やっぱり独立系しかできない、独立系の使命だと思う。特に日本ではね。どんな業界でもそうだけど、やっぱり大きい会社と小さい会社があって、大きい会社のものだけが優れてるとは限らないよね。

 

―― むしろ、内部のしがらみとか路線があったりしますね。

 

真木 そう、稟議がどうしても通らないとかね。不幸なことだと思う。だって、それに付き合ってるのも、ユーザーじゃないですか。最近の『PLUTO』だって、「なんで真木さん、浦沢(直樹)原作をやってるの?」って、相当いろんな人に言われたけども、今のところはすごい評価が高いんですよ。人がやらないものをやるっていうのは、それがビジネスチャンスとまでは言わないにしても、やっぱり意味があると思うんです。映画祭も、それとどこか似てると思います。

 

―― お金を出す人が、普通に考えているのとは違った市場があるかもしれないってとこですね。

 

真木 ただ、アニメっていうのはお金がかかるし、お金をかけないアニメは、やっぱり見た目が貧乏くさくなるでしょ。これは、ものすごいハンディキャップですよね。実写はアイデアとかロケーションとかで、いい映画を撮れることがあるけど、アニメはそうもいかない。テクニックとして動かさなくても、ちゃんと伝えられるというのは、あるにはあるけど、それにしても限度があるよね。

だから、一つはブランドだよね。ジブリなんかは完全に、大きな「ジブリ産業」になってるじゃないですか。テーマパークまでいろいろとね。

 

―― 宣伝を打たなくても、何十億と稼ぐ状態になりましたね。

 

真木 そうそう。僕は、一つのアニメ作品が一種のブランドになる、作家がブランドになるために、どうしたらいいのかっていうのは、やっぱりユーザーっていうか、観客ありきだと思う。『エヴァ』なんかは完全にそうで、だからヒントはファンベースなんですよ。それをいかに世界中に作るかっていうことですよね。

エンターテインメントっていうのは、一つはファンベース。やっぱりお客さんって、自分が好きだっていうことを誰かに補完してもらいたいんですよ。「自分は、この映画がいいと思ったんだけど本当かな?」と、不安になる部分があるじゃない? そこを補完してもらいたい。ファンクラブも、そういうところがありますよね。そうすると、誰か友達に「良かったね」、「あ、俺も良かったと思う」って話すことで、そういう不安感を解消するっていう、そこがすごくいいと思うんですよ。そういうことを、もっとうまく使っていくと、日本のアニメは特異性がある故に、やりやすいと思うんだよね。マンガも含めて、これだけ生産拠点があるのは、ちょっと独特で特殊性があるから、(ユーザーが)見つけた作家や作品を通じて、何が起こせるか。それが多分、次の勝負になってくるんじゃないかな。

(了)