

開志専門職大学
高橋さんの現在のお仕事について教えてください。
高橋雄宇
僕はNASAのJPLという所で、エンジニアとして働いています。具体的にはナビゲーションと言って、探査機の飛ぶ軌道を設計する部署です。


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軌道を設計するお仕事とは? 難しそうですね。
高橋雄宇
例えば、地球から別の惑星、火星や木星に探査機が行くときに、どういう軌道に乗ると目的に到達するのかを計算するのです。


開志専門職大学
素朴な質問なのですが、宇宙に行くにはどのような乗り物が必要なのですか?高橋さんがナビゲートする探査機とロケットの関係は?
高橋雄宇
まずロケットは地球の重力に逆らって大気圏外に飛び出すためのものです。その先端に探査機が入っているのですが、ロケットからすると探査機はロケットに乗っている荷物ということになります。

高橋雄宇
ロケット打ち上げに関しては、条件的に最適の期間を定めて、ロケットを打ち上げる会社に伝えます。日にちや時間によっても打ち上げる方向が変わるので、そういった細かな情報もロケット会社に連絡します。

高橋雄宇
そして、打ち上げた後に探査機部分を切り離した時点でロケット会社の役目は終了し、そこから僕たちが探査機のソーラーパネルを開いて、自給自足のエネルギーで探査機を動かすわけです。ソーラー以外にプロトニウムから電力を供給するタイプのものもあります。


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ということは常に高橋さんのチームと、宇宙にいる探査機はつながっているということですね?
高橋雄宇
はい、地球上に3カ所、NASAが運営している巨大アンテナがあり、それらと宇宙とをつなぐ通信ネットワークを「ディープスペースネットワーク」と呼んでいます。アンテナがある場所はアメリカのカリフォルニア、オーストラリア、そしてスペインです。直径が70メートルくらいある、巨大なアンテナの画像を見たことがあるのではないでしょうか?


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はい、砂漠にある白い巨大なアンテナを見た記憶があります。なるほど、あのアンテナを経由して宇宙の探査機と交信しているんですね。
高橋雄宇
僕たちは常に探査機を追跡していて、本当に乗りたい軌道上にいるのか、そして、ずれているとしたらどうやって軌道修正するかといったことを解析して、そのコマンドを探査機に送ります。


開志専門職大学
今はどんなミッションに携わっているんですか?
高橋雄宇
すでに木星に到達したジュノーという探査機と、それから、2022年の8月に打ち上げられる予定のサイキという探査機のミッションでこれから忙しくなります。サイキは英語読みなので、日本では「プシキ」と呼ばれているかもしれません。


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そのサイキのミッションの準備では、具体的に高橋さんはどのようなことをするのでしょうか?
高橋雄宇
いろいろなシミュレーションを行います。ディープスペースネットワークを通じていろいろな種類のデータが送られてくるのですが、そのデータの組み合わせによって(計算して)求められる軌道が変わってきます。また打ち上げが延びるとロケットの軌道が変わるためデータ量も変わってきます。さまざまな状況に合わせたシミュレーションを行います。


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高橋さんのナビゲーションのチームには何人のメンバーがいるのですか?
高橋雄宇
ジュノーは10人くらいで、サイキは12人くらいです。


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そのメンバーの皆さんは、JPLの本部があるロサンゼルス郊外のパサデナに集まって働いているのではないのですね?
高橋雄宇
バラバラです。普段は、僕は自宅のあるコロラド(注:パサデナから車移動で約21時間かかる遠隔地)から仕事をしています。


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コロナ禍とは関係なく、ずっと前から在宅勤務なのですか?
高橋雄宇
きっかけはコロナでしたが、前からコロラドから仕事をしようと思っていました。打ち上げのサポートはパサデナから行いますが、普段の仕事で戻る必要性は全くありません。

高橋雄宇
ナビゲーション自体はソフトウエアだけを使う仕事なので、どこにいてもパソコンからJPLのサーバーにアクセスできれば問題ありません。これまでずっと在宅で働いていても問題が生じたことはないです。離れていても、皆、真面目に仕事していますよ(笑)。


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高橋さんはJPLで働き始めて何年になるのでしょう?
高橋雄宇
9年目です。


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働き始めて一番の大きな転機は何でしたか?
高橋雄宇
イベントとしてはジュノーが木星に到達したことです。自分にとっても非常に大きな出来事でした。

高橋雄宇
でも、個人的な経験値が一番増えたのは、実は仕事を始めてから半年間だったと思います。ボディブローのような経験でした。


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どういうことですか?
高橋雄宇
僕にとっては全てが新しいことばかりでしたから。学生の時は理論だけでシミュレーションをしていました。完全に自分の世界だけで完結していたのですが、実際に探査機を飛ばすとなると、他のチームの言うことも聞かないといけないし、実際のハードウエアの故障も起こるしで、理論だけでは考えられないような事態が発生するわけです。


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頭で考えることと、実際に探査機を飛ばすこととは違ったのですね?
高橋雄宇
現実の世界ではいろいろな可能性を考えないといけないんだなってことを、僕は働き始めて最初の段階で学びました。


開志専門職大学
JPLでの高橋さんの目標は何ですか?
高橋雄宇
目標としていることはマネジメント(管理職)にならないことです。エンジニアとしての仕事を続けていきたいです。


開志専門職大学
いつまでも現場にいたいということですね。
高橋雄宇
僕はマネジメント側になるよりも、ずっと手を動かしていたいなと思っています。手に職を付けて、それを磨き続けたいという気持ちです。


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それではナビゲーションのエンジニアとしてのやりがいとは?
高橋雄宇
計算通りにモノが動いた時にやりがいを実感します。しかも、その計算って元を突き詰めればニュートンの運動方程式なんですよね。物理法則に従ってモノが動くということは、純粋に美しいことだと感動します。すごいなあ、と思います。やりがいはそこですね。


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ニュートンって教科書に出てくるニュートンですね。万有引力の法則でしたっけ?
高橋雄宇
そうです。自分でも衛星を飛ばすなんてすごく難しいことをやっているのに、そのコアな部分は運動方程式だったり、微積分だったりして、そういう基本とつながっていることが面白いし、楽しいなと思います。


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そうなんですね。ところで、JPLのお仕事以外で、今、高橋さんが挑戦していることがあると伺いました。
高橋雄宇
JAXA(日本の宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士の公募に応募しました。実に13年ぶりの公募です。13年前は、僕はまだ大学生だったので、応募条件にある実務経験が足りず応募できなかったのです。


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ということは昔から宇宙飛行士になりたかったのですか?
高橋雄宇
大学生の時にフロリダのスペースシャトルの打ち上げを見学したんです。本当に衝撃的な体験でした。火の玉が浮き上がってきて、僕がいた所からは何キロも離れているのに振動がすごくて、一体、乗っている人はどういう感覚なんだろうって思ったことを今も覚えています。


開志専門職大学
その感覚をご自分で体験されたいのですね?
高橋雄宇
はい。これはもう自分がそこの中に入らないと分からないはずだと思いました。理論ではどうやって打ち上げられるかは分かっているけど、体感したいということです。パズルの中のピースを埋めたいという気持ちです。


開志専門職大学
JAXAの宇宙飛行士になるための倍率はどれくらいですか?
高橋雄宇
今のところ1500人くらいで、これから増えると思います。


開志専門職大学
ええ! 1500人に一人しか選ばれないんですか。狭き門ですね。
高橋雄宇
いや、僕はもっと高い倍率かと思っていました。


開志専門職大学
その一人に選ばれるためにはどのような試験があるのですか?
高橋雄宇
まず、書類審査を通過する必要があります。そのあと、英語と筆記のテストがあり、さらに面接が3回実施されます。それから身体検査もあります。


開志専門職大学
自信のほどはどうですか?
高橋雄宇
自信は結構あります(笑)。どういう人材が求められているかというマッチングの問題だと思うんですが、あとは運でしょうね。


開志専門職大学
最後の一人に高橋さんが選ばれることを願っています。そしてパズルの最後のピースを埋めてください。さて、高橋さんは高校まで日本で、大学から現在までアメリカですよね。しかも、JPLで働くことを目指してアメリカ留学をされて、アメリカのJPLで働くことを実現されたわけですが、夢を叶えた高橋さんにとって海外で働く良さとは何でしょうか?
高橋雄宇
環境の力を借りるという意味で、人間が成長するには海外に出ることが最も効率的な方法だと思います。

高橋雄宇
僕の場合、高校までの18歳しか日本にいませんでした。そして、もし、その後の18年間、海外に出ずに日本に留まっていたらどうなっていたかを想像すると、アメリカに来て慣れない環境の中でいろいろなことに挑戦し続けた18年の方が、今の自分を大きな人間にしてくれたと確信できます。


開志専門職大学
環境の力が大きいのですね。
高橋雄宇
例えば、どんなに優秀な人でも年棒350万円が最高のお給料の会社にいたら、それ以上は望めません。でも、その同じ人が、給料が高いIT系企業などに転職すれば、2000万円もらえたりします。それは能力が変わったからではなく、環境が変わったからです。


開志専門職大学
つまり、環境を変えて、自分がそこで頑張れればチャンスがあるということでしょうか?
高橋雄宇
はい、自分で環境を変えることが重要です。自分で動くということです。

高橋雄宇
同時に、僕はアメリカの大学に行って、もし自分が勝負にならなかったら、いつでも日本に帰ればいいとも思っていました。でも結果的にそうはなりませんでしたが。


開志専門職大学
柔軟性も必要なのですね。さて、では次に、高橋さんから日本の学生に大学生の間にやっておいたらいいことをアドバイスしていただけますか?
高橋雄宇
速読ですね。


開志専門職大学
え?速く文章を読むことですか?
高橋雄宇
そうです。僕はもともと本を読むのが遅くて、今も遅いですが、ようやく最近速読のトレーニングをし始めました。


開志専門職大学
速読ができると良いことは何でしょうか?
高橋雄宇
何と言っても今は、以前とは比較にならないほど情報に溢れた時代です。自分でどんどん情報を取りに行かないと遅れてしまいます。インターネットがつながってさえいれば、次々に新しい情報が入ってきます。そして、一つの情報を速く読めれば、その後、自分でじっくり考える時間を作ることもできます。


開志専門職大学
では最後に、高橋さんが開志専門職大学の特別講義で何をお話しいただけるのか少しだけ教えてください。
高橋雄宇
まず、今までに携わった衛星のミッションの話をします。エンジニアとはどういう仕事なのかについても触れ、さらに、僕が宇宙飛行士に応募した話もしたいと思っています。

高橋雄宇
僕自身、高校生の時に火星に着陸した探査機、マーズ・ローバーの映像を見て、「すごくかっこいいな」と思ったことが、今の仕事を目指したきっかけです。だから、特別講義でも特別にメッセージを送りたいということではなくて、僕の話を聞いて、人生が変わるような人が一人でもいてくれたらいいなと思いますね。


開志専門職大学
ありがとうございます。特別講義ではよろしくお願い致します。
特別講師 高橋雄宇氏
NASA JPL(ジェット・プロパルション・ラボラトリー)
ナビゲーション・エンジニア
東京都出身。小学生時代を父親の仕事の関係でシンガポールで過ごす。高校2年の時に見た火星探査プロジェクト「マーズ・エクスプロレーション・ローバー」の映像に衝撃を受け、その製作と運営を手がけたJPLへの就職を目指し、日本の高校を卒業後、アメリカ、アリゾナ州のエンブリー・リドル航空大学に進学。2007年に同学を卒業後、コロラド大学ボールダー校大学院に進み、2013年に博士号を取得。同年NASAのJPLに就職。

