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空港業務、整備、営業、総務の機能を統括し、最終責任を負う 中島喜一氏

高校生の頃、聴いていたラジオ番組をきっかけに海外に憧れを抱くようになったと振り返る中島さんは、40年の時を経た現在、アメリカ西海岸の空の玄関口ロサンゼルス空港で、日本航空ロサンゼルス支店の責任者として働いています。「ご利用いただくお客様にハッピーになっていただくためには、サービスを提供する私たちがハッピーであることが重要」だと柔和な表情で語る中島支店長に、現在までの道のり、日々の目標、そして開志専門職大学の特別講義で学生と共有したいテーマについて伺いました。
ロサンゼルス就航60周年を迎えた日本航空で 空港、整備、営業、総務部門の最終的な責任を負う。

開志専門職大学

今のお仕事について教えてください。

中島喜一

日本航空のロサンゼルス支店長として空港業務、整備、営業、総務の4つ部門の機能を統括し、最終的な責任を負う仕事になります。ロサンゼルスには毎日、成田と関空から運航があり、これらフライトを日々ロサンゼルス国際空港において安全に全てのオペレーションを完結させるための管理監督をしています。

中島喜一

フライトに関してイレギュラーな事態が発生した場合、具体的にはフライトが遅延、または整備に時間を要する場合や天候の関係などで運航を取りやめた方が良いなどの判断を行います。また、ロサンゼルス地域における日本航空代表として各種イベント等に参加し、日本航空の知名度を向上させることも大事な仕事になります。

開志専門職大学

何かが発生した時が大変ですね。

中島喜一

航空会社は普通に飛行機が飛んでいれば問題はありませんが、お客様にご迷惑が及ぶような事態に備え細心の注意を払いながら日々仕事をしています。また、政財界などの代表の方々などのご利用時には、必要に応じてエスコートなどのサポートを行います。

開志専門職大学

日本航空という会社について教えてください。

中島喜一

日本航空の設立は1951年ですが、東京=ロサンゼルス線は1959年には就航しましたので昨年が就航60周年でした。事業は国際線と国内線と2つに分かれていますが、さらに旅客事業だけでなく、ベリーと呼ばれる機体の下半分のスペースには荷物を乗せて運ぶ貨物事業があります。つまり、旅客と貨物の事業とで収入を得ているというわけです。

開志専門職大学

歴史がある一流企業ですね。

中島喜一

日本航空のグループ会社は、130社強の企業で構成されています。グループ全体では社員数3万4,000人強で、日本航空本体の社員はそのうち約1万3,000人強です。

中島喜一

また、運航乗務員(パイロット)が約2,500人、キャビンアテンダントが約6,500人ですので、飛行機に直接携わっている人数は約9,000人ということになります。私のような地上職は4,000人前後ということになります。

新卒後に入社した会社では海外営業に携わる 取引先との壁を突破するコツは「本音でぶつかること」だった。

開志専門職大学

中島さんは日本航空にはいつ入社されたのですか?

中島喜一

大学卒業後に新卒として入社したのは京セラでした。その後、1992年に日本航空に転職しました。

開志専門職大学

どうして日本航空に転職されたのでしょう?

中島喜一

私の新卒の時期はちょうど湾岸危機で航空会社が採用を控えていました。ところが、1992年前後に、新卒採用を控えた分、その年代の人材を採用しないと将来的に人事面で支障が出るということで、中途入社の公募が新聞に出たんですね。

中島喜一

また、当時、私は京都に住んでいたのですが、埼玉の実家に暮らす父が高齢になってきましたので、父と一緒に暮らして実家から通えるところに勤めたいと思っていました。

開志専門職大学

その時に日本航空の人材募集を目にされたということですね。

中島喜一

はい、異動はあるかもしれませんが、本社が東京にある日本航空に入れば、まずは東京には帰れるだろうという思いで応募しました。

開志専門職大学

では、なぜ航空会社だったのでしょうか?

中島喜一

京セラでは半導体の海外営業の仕事でした。それで年の半分は海外出張で、ヨーロッパ、アジアなどを飛行機で移動することが多かったのです。そこで自然と航空会社への関心が生まれました。

中島喜一

そして、日本航空に入れれば、旅客営業や路線の事業計画等に携わりたいとも漠然と考えていました。

開志専門職大学

前の会社で海外営業のお仕事だったということは、もともと海外に関心があったということですか?

中島喜一

そうですね。高校生の時に深夜放送で『ジェットストリーム』というラジオ番組がありました。日本航空の提供番組だったんですが。その番組の「地球の裏側では朝を迎えています」といったナレーションを聴きながら、海外への憧れを募らせていました。

開志専門職大学

最初の海外はどちらでしたか?

中島喜一

アメリカ領のグアムでした。大学の卒業を間近に控えた1984年のことです。印象ですか? 非常に楽しかったんですが、一方で、初めての海外だったので、空港や機内でもずっと緊張していましたね。見るものが全て新鮮でした。

開志専門職大学

さて、社会に出た後の海外営業のお仕事では、海外の方々とのやりとりで苦労されたこともあったのでは?

中島喜一

欧米の取引先では特に苦労はなかったのですが、アジアの取引先とのやりとりでは非常に苦労しましたね。約束を履行することがなかなか難しかったり、商談そのものが難しかったりもして、欧米と違って、額面通りに物事を受け取ると非常に危ないということがありました。

開志専門職大学

考え方の違いでしょうか?

中島喜一

なかなか本音を言ってもらえない中で商談を行わなければならないというジレンマがありました。それは私自身の未熟さでもあったのだと思います。

開志専門職大学

どうやって乗り越えたのですか?

中島喜一

相手を信用できなくなって疑心暗鬼になって悩んだ挙句に、海外と仕事をしていた叔父に相談したところ、「悩む必要はない。本音で相手と議論すればきちんと応えてくれる」とアドバイスしてくれました。その言葉に雲が晴れたような気持ちになりました。

中島喜一

そこでマインドを切り替え、相手にぶつかっていったことで、本当の信頼関係を持つことさえできれば解決の糸口になるというということを実感しました。その考え方は今も生きています。

アメリカ勤務の醍醐味は遠く離れた日本、会社、自身を 客観的に見ることができること。

開志専門職大学

英語は当初、どの程度喋れたのですか?

中島喜一

大学在学中に御茶ノ水にあるアテネ・フランセ(語学学校)で2年間英語を学びました。そこで日常会話レベルまでは習得して、社会人になってからは最初、京セラというメーカーでしたので自分で専門用語などを勉強しました。

開志専門職大学

どのような英語の勉強法が効果がありましたか?

中島喜一

大学生時代のアテネ・フランセの宿題が非常に効果的だったと思います。アメリカのFENというラジオ放送で夜10時から11時に放送されていた『ミステリーシアター』を聞いて、翌日、大学ノート2ページ分に要約して提出しなければならなかったんです。

開志専門職大学

翌日? それは大変ですね。

中島喜一

そうなんです。放送をラジカセに録音して、何度も何度も繰り返し聴いて、辞書とにらめっこしながらサマライズ(要約)するのは大変な作業でした。当時はLINEやSNSも当然ないですから、クラスメイトに電話しまくって分からない箇所を確認し合ったりして、共同作業で一晩一睡もせずに宿題を仕上げました(笑)。

中島喜一

でも、あの時の宿題の繰り返しのおかげでヒヤリング力が飛躍的に向上したように思います。

開志専門職大学

初めての海外勤務はどちらでしたか?

中島喜一

実は2018年4月に赴任してきた、ここロサンゼルスが初めての海外勤務地です。2015年から18年までは北海道地区支配人を務めていました。それまではずっと東京でした。

開志専門職大学

ロサンゼルスでの勤務はいかがですか?

中島喜一

2年経つのが早かったですね。これまではどちらかというと営業部門でしたので、空港の現場の飛行機の近くで勤務するということは初めての経験でした。臨場感がありますね。また、グループ会社の委託先のスタッフとのコミュニケーションを積極的にとるようにしています。皆さん、一生懸命に働いてくれていますから。

開志専門職大学

アメリカで働くことの醍醐味とは何でしょう?

中島喜一

日本の中でずっと仕事してきましたので、今回のロサンゼルス駐在で、海外から日本を客観的に見ることができるようになりました。

中島喜一

アメリカでなければそれができないということではありませんが、やはりアジアとは違って、北米は日本から飛行機で10時間以上離れた場所ですから、遠くから日本のことを客観的にとらえられることがここで働く醍醐味ではないかと思いますね。

開志専門職大学

さて、中島さんはどちらのご出身で、どんな子どもだったのでしょうか?

中島喜一

浦和レッズがある埼玉です。子ども時代は勉強が嫌いで、学校から帰ったら玄関先にランドセルを放り出してすぐに遊びに行くようなタイプでした。当時はジャイアンツが強くて、将来は野球選手になりたいなと思ってましたね。

開志専門職大学

わんぱくだったんですね。

中島喜一

そうです、違う学校の子どもとも遊んだり、けんかもしたり。高校生くらいでわんぱくではなくなって、最初の1年までは中学から続けてバスケをやっていたんですが、2年目からは大学受験目指して予備校に通いました。

大学の4年間では焦らず悩まず 勉強や遊びに後悔が残らないように取り組んでほしい。

開志専門職大学

大学はどちらに?

中島喜一

早稲田大学です。大学ではハイキングをするようなサークルに入りました。ハイキング以外にもいろんなスポーツをやりましたね。

開志専門職大学

これから大学生活を送る開志専門職大学の学生に、大学の4年間でやっておいた方がいいことを、ご自分の経験をもとにアドバイスするとしたら何と言いますか?

中島喜一

私の父は自営業でした。父が自分でビジネスをする姿を間近で見ていたので、自分はサラリーマンになりたいと思っていました。一人で切り盛りするのは大変ですから。父にしてみたら家業を継いでほしかったはずですが。それで自分はどんな仕事をすればいいんだろうと大学時代に考えたんですが、考えても考えても答えは出ませんでした。

中島喜一

だから、学生の皆さんには焦らずに、将来のことに思い悩まなくてもいいと言いたいです。時が来れば解決します。ですから、勉強や仲間との遊びを悔いが残らないように、一生懸命やってほしいです。それをやることで将来につながるはずです。

開志専門職大学

今を一生懸命生きるということですね。

中島喜一

大学はたくさんの人が集まる場所です。そこで人との付き合いをちゃんとやってほしいと思います。

開志専門職大学

中島さんの仕事の上での究極の目標とは?

中島喜一

自分の目標は仕事のミッションをしっかりと果たすことです。それは何かと言うと、仲間をハッピーにすることです。お客様をハッピーにするのはその次です。なぜなら、自分たちがハッピーでないとお客様をハッピーにすることはできないからです。私たちが一緒に働く仲間に笑顔でいてもらう、そのことを毎日の目標にしています。

開志専門職大学

では航空会社で働くには、どういう人が向いていると思われますか?

中島喜一

まずは何と言ってもサービス精神が旺盛なことです。サービス精神が備わっていることが大切です。あとは、航空会社に限らないかもしれませんが、今後、日本人の人口が減少していく中で、今の事業規模を維持していくためには、国内だけではなく、今後ますます海外での売り上げを伸ばさなければなりません。

中島喜一

現在、日本航空の売り上げの7割が国内、3割が海外です。しかし、それを50%ずつにしようとしています。つまり、海外のお客様にご利用いただくためには、グローバルな視野を持った社員を採用しなければなりません。

中島喜一

ですから、言葉もそうですが、グローバルな精神を持っていることが必須になってきます。しかし、何よりも一番大事なのはサービス精神と周囲に感謝の気持ちを忘れない謙虚さです。

少子高齢化で人口が減少していく日本 いかに観光客を呼び込み、地方の魅力を伝えるかを共に考えたい。

開志専門職大学

最近の日本の若い人と接してどのようなことを感じますか?

中島喜一

インターネットの時代なので、皆さん、知識や情報を豊富に持っているという印象です。でも情報が多過ぎてコントロールするのが難しいのではないかな、とも思いますね。

開志専門職大学

では、開志専門職大学で特別講義をしていただく際には、中島さんからどのようなお話を聞かせていただけるのでしょうか?

中島喜一

そうですね、先ほど申し上げたように、少子高齢化で日本の人口は今後減少していきます。そのような中、日本政府はインバウンド(日本を訪れる観光客)拡大政策を進めています。オリンピックイヤーである今年、2020年の訪日観光客の目標人数は4,000万人です。

開志専門職大学

想像できないくらいの数字です。

中島喜一

さらには6,000万人にまで押し上げたいという考えもあります。それだけの人数が日本に来るということは、日本に大きな経済効果が生まれるということです。

中島喜一

しかし、問題は、海外からの観光客が東京、大阪、京都、北海道に集中してしまうと、それらの地域だけでは収容できません。さらに広く、地方に分散させる必要があります。

中島喜一

ですから、色々な地方を活性化させていくにはどうしたらいいか、どうやって地方に人を呼び寄せるかという対策について、観光というフィルターを通した上で、学生さんと共有しながら一緒に考え、勉強していきたいと思っています。

開志専門職大学

では、一方的に受講するのではなくて、一緒に考えることができるのですね。

中島喜一

私自身、日本航空の北海道時代に、本業のかたわら、北海道・札幌観光協会の副会長として、また、札幌商工会議所の理事として北海道にどうやって観光客を連れて来るかという対策プロジェクトなどに携わっていました。その時の経験や、旅館やホテル、関係施設、JRさんなどとのネットワークなどを踏まえてお話をさせていただきます。

開志専門職大学

日本の観光業界の将来を担っていく学生にとっては、絶対に聞き逃せない講義になりますね。どうぞよろしくお願いします。

特別講師 中島喜一氏
日本航空株式会社 ロサンゼルス支店長

埼玉県出身。早稲田大学社会学部卒業後に京セラに入社。1992年、日本航空に転職し、主に営業畑を経た後、2015年から北海道地区支配人を務める。2018年4月、ロサンゼルス支店長に就任、現在に至る。2019年度南カリフォルニア日系企業協会の会長。趣味はランニング、音楽鑑賞、旅行、読書。

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