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日本を案内することがやりがい。楽しい国で、誇れる文化を持っていることを伝えたい 小竹寿英氏

H.I.S.と言えば誰もが知る旅行会社です。そのH.I.S.のアメリカ法人で、アメリカから出発する日本行きの旅行の企画運営をはじめ、営業業務を統括する立場の小竹さんは、「海外に出たい」一心で、22年前、H.I.S.の求人広告に応募したと振り返ります。実際に日本を飛び出し、アメリカで得たこととは何だったのか、またアメリカ人に日本をプロモートすることでどのようなやりがいを感じているのか、さらに小竹さんが日本の学生に伝えたい「ファーストペンギンになってほしい」とはどういう意味なのか、H.I.S.のオフィスがあるロサンゼルスのダウンタウンでインタビューしました。
アメリカの大学院生200人弱の日本旅行を企画運営 大きな達成感を次につなげたい。

開志専門職大学

小竹さんのお仕事について教えてください。

小竹寿英

H.I.S.の米国現地法人で、アメリカ側からご出発される日本の企業のお客様や団体のお客様が日本をはじめ世界各国に行かれる際の旅行のサポートをしています。

小竹寿英

私の場合は主に日本行きのお客様のお世話をやっています。団体様はほとんどアメリカ人のお客様の訪日旅行です。

開志専門職大学

いつからアメリカで働いているのですか?

小竹寿英

1998年に現地採用のスタッフ募集に日本から応募しまして採用され、最初にボストン支店に赴任しました。当時は同時多発テロの前で、比較的(就労)ビザが取りやすい状況でした。

小竹寿英

その後、会社に永住権をスポンサーしてもらい、現在に至ります。ニューヨーク支店勤務を経て、入社して22年目になります。

開志専門職大学

H.I.S.の中ではどのようなお仕事を経験されたのですか?

小竹寿英

キャリアはいろいろ変わっています。アメリカはスペシャリスト社会ですが、私はジェネラリストと言いますか、日本からのお客様のご対応をするインバウンド業務、アメリカからのアウトバウンド業務、総務や経理といった管理系の仕事も経験しました。

小竹寿英

現在は、アウトバウンドの団体や法人顧客向けの仕事で、全米48州のお客様をご案内しています。今の仕事は2015年からです。

開志専門職大学

入社以降に印象的だった出来事は何でしょうか?

小竹寿英

やはり2001年に(ニューヨークで)起こった同時多発テロ事件ですね。テロの影響でアメリカにお客様が来なくなりました。

小竹寿英

当時、会社としてはインバウンドのお客様がメインでしたので、社員としては会社の存続が非常に心配でしたが、当時の経営陣が「業績が悪くなっても社員は解雇しない」という意思を表明したことが印象的でしたね。

小竹寿英

テロというのは人々の生活を脅かすし、平和産業である旅行産業に大きな影響を与えるということを痛感しました。

開志専門職大学

続いて、小竹さんが手応えを感じたお仕事について教えてください。

小竹寿英

以前はH.I.S.は格安個人旅行のイメージが強かったと思いますが、近年は団体旅行のご利用の機会を多くいただいています。例えば、昨年は私自身がUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の大学院のジャパントレック(大学院生の訪日団体旅行)のサポートをさせていただきました。

小竹寿英

総勢200人弱の規模で、細心の注意を払って対応させていただきました。新幹線に乗るにしても、時間通りにホテルをチェックアウトして駅に向かい、全員が電車に間に合うようにしなければなりません。

小竹寿英

新幹線の停車時間というのは2分くらいですから、誘導するのも大仕事でしたが、そのような行程を1週間過ごして、幹事さんと協力しながらクレームなく終了させることができました。

小竹寿英

これは個人的にも非常に達成感を感じることができた仕事で、他の大学や団体の訪日旅行の潜在的な需要を掘り起こすことができると手応えを感じる機会でした。

H.I.S.海外スタッフの求人広告に応募してボストンへ メジャーリーグで活躍した野茂投手に勇気をもらった。

開志専門職大学

UCLAの学生さんの日本旅行での思い出をお聞かせください。

小竹寿英

旅行終了後ですが、ある女性のお客様が大切にされているジャンパーを大阪のホテルに忘れた際に、ホテルに連絡して探してもらい、それを後日キャンパスにお届けしました。

小竹寿英

その時に大変喜ばれて「ここまで丁寧にサポートしてくれるH.I.S.の旅行でよかった」と言ってくださったことが、私もうれしかったですね。

開志専門職大学

小竹さんの細かい心配りがうれしかったのでしょうね。ところで、アメリカ人の学生さんは日本のどのような観光地が気に入っていましたか?

小竹寿英

富士山が見えたら皆さん、とても喜ばれていましたね。それから京都の伏見稲荷。赤い鳥居が連なる日本的な光景が好評でした。さらに、酒蔵のツアーや屋形船。お座敷タイプの屋形船内が、アメリカ人の学生さんたちの盛り上がりで、さながらクラブのような雰囲気になっていましたね。

小竹寿英

また、箱根寄木細工を製作する体験ものも喜ばれていました。日本には観光地やアニメ、ゲームなどのサブカルチャーだけでなく、魅力的なものが山ほどあります。ですから全て決まったツアーにするのではなく、フリーの日を設けて、それぞれのお客様が選べるようなツアーの選択肢を提供し、自らの好奇心にしたがって、自由に動ける時間を設けるのがいいのではないかと思いますね。

開志専門職大学

さて、小竹さんがH.I.S.に入社されたのはどうしてですか?

小竹寿英

もともと海外に興味があったからです。私は、父の仕事の関係で香港で生まれ、3歳くらいまで現地の幼稚園に通っていました。また、父がその後も海外出張が多かったので、仕事で訪れた欧米や中東、アジア諸国の話をよく聞かされて育ったことから、自分も海外で仕事をしたいと考えるようになったのです。

開志専門職大学

大学卒業後、すぐに海外で働いたのですか?

小竹寿英

実は大学を出た後は倉庫会社に勤務していました。その会社は東南アジアで働くチャンスがあるということで入社したのですが、入社して1年半くらい経った頃、H.I.S.の海外の職場で働く人材を募集しているという求人広告を目にしたことが転機になりました。採用されればすぐに海外に行けるということで、すぐに応募し、新宿本社で面接を受けたというわけです。

開志専門職大学

海外に出る決断をするのに、お父様以外に小竹さんに影響を与えた人は?

小竹寿英

野球選手の野茂英雄さんですね。近鉄を退団した後にメジャーリーグに挑戦した姿を見て大いに影響を受けました。日本では「メジャーリーグで通用するはずがない」という声もありましたが、野茂さんは見事にメジャーの壁を突破して活躍されました。

小竹寿英

それを見て、日本人の自分でもアメリカで勝負できるんじゃないかと勇気をいただきましたね。

開志専門職大学

そして、晴れてH.I.S.の採用試験に合格してボストンでお仕事が始まるのですね。

小竹寿英

1998年の12月でした。最初は大都会ニューヨークで働きたいと思いましたが、実際に辞令が下りたのはボストンでした。でも今思えば、(ボストンは)ニューヨークほど忙しい場所ではなかったので、仕事も慣らし運転をしながらという感じで適応でき、ラッキーだったと思います。

あらゆる人種、文化的背景の人との出会いが アメリカで働くことの醍醐味。

開志専門職大学

渡米当初、困ったことはなかったですか?

小竹寿英

まだインターネットが発達していなかったので、情報の入手が大変でした。現地生活の情報も、会社の先輩と不動産屋さんが頼りでした。

小竹寿英

それから、今のように気軽にSNSでつながるような時代ではないということもありましたが、仕事に没頭していたのでホームシックにはなりませんでした。

開志専門職大学

きっと今と22年以上前では状況は全く違ったでしょうね。ところで、英語の上達はいかがでした? もともと英語はお得意だったのですか?

小竹寿英

英語は通訳などはできるレベルではもちろんなく、日常会話に困らない程度でした。上達に関して、これもラッキーだったのが日本の女子学生がボストンにホームステイするときのホストファミリーと知り合ったことです。

小竹寿英

その家族との交流でサンクスギビング(アメリカの感謝祭)やクリスマスなどに一緒に過ごさせていただき、アメリカでの習慣と同時に英語を学ぶことができました。彼らとは今でも交流があるんですよ。

開志専門職大学

それから22年にわたってアメリカで働いてきた小竹さんですが、アメリカで働く醍醐味とは何でしょう。

小竹寿英

あらゆる人種、文化的背景を持った方たちと接することができることです。また、仕事の立場上、普段なかなかお目にかかれない方々とお会いできる機会にも恵まれています。

訪れた日本を気に入ってくれる人が増えることが喜び 日本のPRに貢献できているという手応え。

開志専門職大学

話を日本に戻させてください。香港から日本に帰国された後はどちらで育ったのですか?

小竹寿英

東京の新宿の社宅にしばらく住んだ後、幼稚園くらいからずっと稲城市(東京都)です。

開志専門職大学

どんな子どもでしたか?

小竹寿英

ワンパクでしたね。自転車に乗ってあちこち走り回っていました。

開志専門職大学

中学、高校で夢中になっていたことは何でしょうか?

小竹寿英

中学時代は将来、歴史学者になりたいと思うほど日本史が大好きでした。今思えば、アメリカ人のお客様を日本にご案内しているわけですから、日本史、それに地理が好きだということが仕事に役立っています。高校ではバスケ1本でした。

開志専門職大学

高校生の時も将来は歴史学者になりたいと?

小竹寿英

いいえ、当時の私は、「いずれ大学に進んで、いずれ社会人になって、いずれ家庭を持つ」と曖昧にしか考えてなかったです。夢がなかったのかもしれません。

小竹寿英

日本史の中では戦国時代が好きで、「人生50年」だと認識していました。戦国時代のように50歳になったら死んでしまうと思い、社会に出て早く自立しなければということだけを考えていたのです。

開志専門職大学

でも最終的には旅行の仕事に出会ったのですね。

小竹寿英

はい、今は日本のPR部隊の一員であることを誇りに思っています。大げさな言い方かもしれませんが、お客様に日本をご案内することが、日本の国益にもなっていることで大きなやりがいを感じます。そして、日本という国を気に入ってくださる方が1人でも増えてくれることが喜びです。

小竹寿英

日本に行ったことがないのに、(日本について)いろいろなことを言う人もいます。でも、その方が日本に行くことで「実際に行ったら、そんなことはなかった。日本は楽しい国だし誇れる文化を持っている」と考え方を変えてくださったら成功です。

小竹寿英

仕事を通じて、日本のPRに貢献できていることに満足しています。

学生時代には海外旅行をしてほしい 違う文化、違う世界があることを体験することが大切。

開志専門職大学

それでは、開志専門職大学の学生に4年間で体験しておくべきことをアドバイスするとしたら何と言いますか?

小竹寿英

海外旅行をしてほしいです。海外に出なければ自分の周囲しか見えません。つまり、日本のことしか分からないのです。

小竹寿英

たとえインターネットを通じて頭では分かったつもりになっていても、違う文化、違う世界があるということを、自分の目で見て肌で感じることが大切です。事実を知って、自分の意見を体験に基づいて言えるようになってほしいです。

開志専門職大学

バーチャルではなくてリアルに海外を感じるべきだということですね。

小竹寿英

そうです。次に、自分の心が何をしている時に一番喜ぶのか、ワクワクできることを学生時代に発見してほしいと思います。料理していたら楽しいのか、またはゲームをやっていたら楽しいのか、クラブ活動でも勉強でも何でもいいのです。

小竹寿英

そういう、心が喜び時間を忘れて打ち込めることをぜひ見つけてほしいです。

小竹寿英

さらに、男性も女性も自分のことは自分でできるようになってほしいです。例えば、家事。男性は女性にやってもらえばいいという考え方ではなくて、料理もアイロンもなんでも自分でできるようにしておくことが大切だと思います。身の回りのことが自分でできることも自立の条件です。

開志専門職大学

次に、小竹さんのお仕事の上での目標を教えてください。

小竹寿英

仕事を通じて会社の利益と日本の国益につながることをしたいです。日本人として世界に貢献できるようなことですね。

小竹寿英

その一つが、私の仕事で多くの海外の方を日本にご案内することで知日派、親日派を増やしていくことです。

小竹寿英

さらに、今やっている仕事の延長線で、日本の若い人材がアメリカで起業できる仕組みの紹介やネットワーク作りの手助け、日本の地方自治体の米国市場への調査や支援など、日米をつなぐ架け橋のような仕事にも挑戦したいと思っています。

開志専門職大学

素晴らしいですね。では、開志専門職大学での特別講義で、小竹さんからどのようなお話をしていただけるのかをお聞かせください。

小竹寿英

失敗をしてもいい、とにかく挑戦してほしいというメッセージを、講義を通じて送りたいですね。

小竹寿英

「ファーストペンギン」という言葉を聞いたことがありますか? それは、群れを作って生活しているペンギンの中で、餌を求めて危険をかえりみずに海に飛び込む最初のペンギンを指します。

小竹寿英

転じて、アメリカでは「失敗を恐れないチャレンジスピリットを持った挑戦者」のことを意味し、敬意を持ってそう呼ばれます。日本では、失敗をすると取り返しがつかないと考えられることが多いようです。

小竹寿英

しかし、失敗をして初めて学ぶことができるのです。やってみようという思いを実行に移すことが大事なのです。私自身が若い時には分からなかったのですが、若い時はなんでもできます。可能性があります。そのことをお伝えしたいです。

開志専門職大学

今日はありがとうございました。特別講義を楽しみにしています。

特別講師 小竹寿英氏

H.I.S. International Tours(NY), Inc.
北米営業統括部長

香港で生まれ、東京都稲城市で育つ。大学卒業後に旅行会社H.I.S.の海外現地スタッフ募集の新聞広告を見て応募。同社に採用され、1998年にアメリカ・ボストンで勤務開始。 ニューヨーク支店を経て現在はロサンゼルス支店勤務。インバウンド、アウトバウンド、総務、経理など多様な職務を経て現在は在米企業や団体の日本行き旅行を企画、営業、運営する部門の責任者を務める。在米歴22年。

インタビュー:福田恵子
撮影・動画:安部陽二

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世界のトップランナーから
まだ見ぬ世界を学ぶ特別講義。

特別講師紹介

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Google Inc.とは

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アマゾンジャパン合同会社 吉田光希氏

アマゾンジャパンとは

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世界を代表するICT企業アマゾンになぜ採用されたのか、また今後ICTの分野に求められる技術や人材要件を伝えたい。

全日本空輸株式会社(ANA) 久野嘉一氏

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富士通フロンテック株式会社 増田義彦氏

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アメリカで会社を設立した経験から培った起業家精神と自由な発想の大切さを伝えたい。

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