

開志専門職大学
小林さんのお仕事について教えてください。
小林弘典
ANAグループの4万人の社員で、きちんと飛行機を飛ばすことです。日本の良さと日本の航空会社の素晴らしさを世界に伝える役割を担っています。


開志専門職大学
現在、ロサンゼルスの支店長を務められていますが、日々の業務としてはどのようなことをされているのですか?
小林弘典
支店長の(業務の)枠組みとしては特にありませんが、私の大きな役目としては、地域の中でANAという会社を知っていただくことだと思っています。


開志専門職大学
地域の皆さんにANAを宣伝するという意味ですか?
小林弘典
いいえ、会社を直接的にアピールするのではなくて、まずは私自身を知っていただくということです。信頼できる人間であるということをお伝えして、最後に「あなたはどこの会社の人間ですか?」と聞かれた時に「ANAという航空会社です」と付け加えるくらいがちょうどいいのではないかと思います。


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まず、小林さん個人を知ってもらうのですね。
小林弘典
エアラインという仕事って文化だと思っています。社会的な使命や国を背負った文化です。ですから、その文化に関わっている社員がどういう人かということを知っていただくことが大切です。


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どういう伝え方をしているのですか?
小林弘典
自分を積極的に売り込むのではなく、まず相手を知ることから始めます。ご趣味や余暇の話を伺って、その方に自分が興味を持ったら、相手の方もこちらに興味を示してくださるのではないかと思います。自分を伝えるには、相手を知ることが最も大事だと思っています。



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では、ANAに入社されて一番印象的だったお仕事とは何ですか?
小林弘典
私は1989年に会社に入りました。その年は非常に大きな出来事が起きた年で、ベルリンの壁の崩壊もありましたし、6月4日には中国の北京で天安門事件が起こりました。


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天安門広場での戦車の映像を見たことがあります。
小林弘典
あの時は空港に行く道には兵士が銃を構えていて、銀行口座も凍結され、クレジットカードも使えなくなりました。政変になるかもしれないという緊急事態でした。


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ANAはどのように関わったのですか?
小林弘典
日本政府の判断で駐在員を帰国させることになり、皆さんは着の身、着のままで空港に集まりました。入社1年目だった私は日本側の国際線の予約センターに勤務していました。そして、どなたが飛行機に乗って帰国するのか、その手書きのリストが北京からファックスで送られてくるのを空港に泊まり込んで受け取っていました。

小林弘典
ご本人のためはもちろん、日本で待っているご家族のためにも、母国に安全にお戻しするということが航空会社の定めであることを実感した出来事でした。


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天安門事件を入社3カ月後に経験されて、その前と後で心境がどのように変わりましたか?
小林弘典
働くということと、社会的な役割を果たすということが、私の中でつながりました。



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日本人を無事に帰国させることは大切な任務ですね。それでは小林さんから、そのような重要な任務を行っているANAという会社についてご紹介ください。
小林弘典
会社ができたのは1952年、ヘリコプター2機の運航から始まりました。その後、国内での航空機の運航を開始、30年間は国内線だけに携わっておりました。国際線は1986年にスタートしました。


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今はどのくらいの便数を飛ばしているのですか?
小林弘典
日本国内で1日に1,000便、国際便は200便です。今は日本から出発されるお客様が6割、日本国外から出発されるお客様が4割です。海外出発のお客様にもANAを指名買いしていただくには、まだ道半ばかなと思っています。


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日本では誰もが知る有名な航空会社ですが?
小林弘典
私がロサンゼルスに赴任してきてショックだったことが「ANAが知られていない」という事実でした。日本の方や日本とつながりがある方は(ANAを)知っています。しかし、多くのアメリカ人は、日本はもちろんアジアに行ったことがありません。「そんな航空会社があったのか」という反応をされることに、私自身がびっくりしました。

小林弘典
お客様を運んでいる数では航空会社で世界10位、航空業界では賞も取っています。それでも知られていません。


開志専門職大学
日本国内での認知度と海外での認知度にギャップがあるということですね。
小林弘典
そうです。アジアに行かれるアメリカ人は少なく、大西洋便(ヨーロッパ行き)の方が多いのです。それ以外の行き先ですとメキシコやカナダです。ですので、アメリカから出発する方は、ユナイテッド、デルタ、アメリカン、アラスカ、サウスウエスト各社を利用することが多く、ANAの前に立ちはだかる壁は厚いと実感しています。


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では、どうやってアメリカでANAのファンを増やそうとされていますか? 先ほどの小林さん自身を知っていただくという方法以外では?
小林弘典
当社はスターアライアンス(航空会社が加入する同盟の1つ。同盟内の航空会社を利用することでマイレージポイントを相互に貯めることができる)に加盟しています。そうすると同じアライアンス内のユナイテッドでチケットを購入されたお客様が、ANAによって運航されている飛行機に乗る機会が多くあります。

小林弘典
その経験を通じて、「またANAに乗ってみたいな」と思っていただけるようにするということが対策の1つになるかと思います。



開志専門職大学
小林さんは海外で働きたいと思って、航空会社に就職されたのですか?
小林弘典
実はそういうわけではないのです。海外勤務も、入社3年目に北京の空港の研修員として半年だけ経験しましたが、本格的な赴任としては2019年4月のロサンゼルスが初めてです。


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それでは、2019年4月にロサンゼルスに赴任されてから初めて感じられた壁について教えてください。
小林弘典
ANAの認知度がアメリカで意外に低かったということ以外に、個人的なことでは、グリーンカード(永住権)や市民権がない立場として、アメリカの社会の一員だと実感することが難しいということですね。


開志専門職大学
アメリカ社会では「お客様」だということですか?
小林弘典
そうですね。日本以外にルーツを持つ他の人々と同様に、アメリカ社会の仲間として認められたいという思いが今はあります。


開志専門職大学
そのためにはどうしたらいいのでしょう?
小林弘典
自分自身を知ってもらうためにはまず相手を知る、と先ほど申し上げたのと同じで、この国の歴史、文化、芸術、スポーツ、さらに地域のことについて勉強しなければいけないと思っています。

小林弘典
さらに、日本の歴史や文化を知らないと、相手が興味を持ってくださった時にきちんと説明できないですよね。ですので、自分の教養を高めることをしていかないといけないと思っています。


開志専門職大学
勉強することがたくさんありますね。
小林弘典
50年生きていますけど、海外に出てみて、自分は何も知らないということを実感しています。そうですね、確かにやることは多いです(笑)。でも、コツコツと仲間を増やす努力をしていれば、社会は少しずつ広がって、ある時、それが花開いて一気に広がる時が来ると信じています。


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英語に関してはいかがですか?
小林弘典
実はアメリカ生活で一番英語で苦労しているのが、スターバックスで注文する時です。なかなか通じません。しかも、最初に名前を聞かれた時はびっくりしました(注:アメリカのスターバックスでは注文者の名前を聞いてカップに記入する)。

小林弘典
何かおかしなことをしたので、名前を聞かれたのかと思ってしまいました。でもそういう失敗を繰り返しながら恥もかいて、英語を上達させていくしかありません。



開志専門職大学
アメリカでのお仕事を始めて1年弱ですが、アメリカで働くことの醍醐味とは?
小林弘典
客観的に日本が見られることです。日本で働いていた時は日本の製品は世界に誇るもので、日本の企業も有名だと思っていました。しかし、多くのアメリカ人は日本製品をアメリカの製品として受け入れています。


開志専門職大学
どういうことですか?
小林弘典
トヨタもレクサスも日本の製品だと思っていない、アメリカの製品だと思っているということです。日本のニュースはアメリカのテレビではほとんど流れませんし。


開志専門職大学
先ほどの、アメリカ人はあまりアジアの方を見ていないということですね?
小林弘典
そうです。日本の世界地図は日本が真ん中ですが、アメリカの世界地図は西にアメリカ大陸があってその東にヨーロッパ、さらに端っこに日本があります。日本がファーイースト(極東)と呼ばれている意味がアメリカに来て初めて実感できました。


開志専門職大学
さて、小林さんはどちらのご出身ですか?
小林弘典
大阪です。


開志専門職大学
どんな子どもでしたか?
小林弘典
自己承認欲求が高くて負けず嫌いでしたね。


開志専門職大学
勉強も一生懸命やっていたんですね。
小林弘典
そうですね。かなり自分中心な嫌な子だったと思います(笑)。


開志専門職大学
転機はいつでしたか?
小林弘典
大学の時にラグビーに出会いました。そこで初めてチームワークや後輩の成長、仲間の信頼が大事だということを学びました。仲間で同じ絵を見ることの大切さ、ですね。リーグ戦で勝ちたい、勝つために、そしてチームのために何ができるかを一生懸命考えるようになりました。


開志専門職大学
ラグビー中心の大学生活の先にANAに入社したのはなぜですか?
小林弘典
その時は実はあまり深く考えていませんでした。就職ランキングの高い会社だったので受けてみようと。その後、社会に役立つことを方針にした会社だったので、私の心がその会社の志に寄っていったということなのです。



開志専門職大学
では、航空会社一筋に30年勤続している小林さんから、今の日本の若い人、特に開志専門職大学を志望している人たちに何かメッセージをいただけますでしょうか?
小林弘典
こちらの開志専門職大学を選ぶということは、最初から社会に出た時のことを意識されているということで、それはとても素晴らしいことだと思います。私自身は社会に出て何をやりたいということを考えていませんでした。


開志専門職大学
将来の目標が定まっている、ということですね。
小林弘典
そうです。その上で申し上げたいのが、いろんな答えを持ってほしいということです。


開志専門職大学
どういう意味でしょうか?
小林弘典
この問題にはこの答え、と解答が1つしかないように日本では教育されますね。でも、それでは社会では役に立ちません。実社会では答えは1つではないのです。


開志専門職大学
確かにそうですね。
小林弘典
答えが1つしかないわけではない、ということ以外に、その答えにたどり着くための方法も1つではありません。


開志専門職大学
いろいろな方法があるということですね。
小林弘典
どうやるのかという選択肢もたくさんあるのです。


開志専門職大学
選択肢を広げることが大事だと?
小林弘典
そうです。そのためにはいっぱい失敗して悩んで、新しいことに触れていただきたいです。新しい土地に行って、新しいことを感じてほしいです。


開志専門職大学
小林さん自身のお仕事を通じての究極の目標を教えてください。
小林弘典
私自身がどうこうということではなく、ANAに関わっている人全員、新入社員から社長を含めてANAという存在です。皆で飛行機を飛ばしているという意識でいます。ですから、自分がこうなりたいといったことではないです。


開志専門職大学
ラグビーの「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン」の精神ですね。最後に小林さんが開志専門職大学の特別講義でお話いただける内容についてお聞かせいただけますか?
小林弘典
会社の歴史やマーケティング理論の実践をお伝えするより、社会に出る準備の志の選択肢についてお伝えしたいです。

小林弘典
また、自分が知っている世界だけが全てではない、世界に出てみて初めて自分のことも日本のことも客観的に知ることができるし、新しい学びや気付きもある、教養を高めることができるといったことを中心に、自分の経験を踏まえてお話させていただきたいと思っています。


開志専門職大学
よろしくお願いします。楽しみにしております。
特別講師 小林弘典氏
全日本空輸株式会社(ANA)
米州室統括部長総務担当兼ロサンゼルス支店長
大阪府出身。東京大学法学部卒業後に全日本空輸株式会社に入社。東京支店、企画室、大阪空港支店客室部、営業推進本部、営業センター業務室長、客室センター副センター長兼業務推進部長を経て、2019年4月より現職。ロサンゼルス郊外在住。
インタビュー:福田恵子
撮影・動画:安部陽二

