特別講師一覧

アメリカに拠点を移して4年 漫画家人生30年超の源には「継続する力」 井上三太氏

21歳でデビューしてから30年以上、漫画家として第一線で活躍している井上三太さん。井上さんは『TOKYO TRIBE』『隣人13号』に続く代表作を誕生させるべく、2021年、新作『惨家 / ザンゲ』の連載を開始しました。さらにマーベルのヒーローをアレンジして描くというコラボレーション企画を成功させるなど、拠点を置くアメリカ、ロサンゼルスから次々と新たなことに挑戦し続けています。そんな井上さんに作品作りに必要なこと、プロとして欠かせない才能などについてロサンゼルスでお伺いしました。
実生活の中での友達との出会い、けんか、別れ それらの経験全てが作品に反映される

開志専門職大学

漫画家を目指したきっかけを教えてください。

井上三太

僕の父が画家だった関係で、フランスのパリで生まれ、そこで9歳まで育ったのですが、常に周囲にアーティストがいるような環境でした。それで自然と「アートで食べていきたい」と志すようになりました。

開志専門職大学

パリにいる頃から漫画を読んでいたのですか?

井上三太

フランスにいる時はフランスの漫画を読んでいましたね。日本に帰ってきてからは江口寿史さんの『すすめ!!パイレーツ』などに影響を受けました。僕は漫画だけではなくて、映画も好きです。でも漫画は、映画と違って一人で制作きちゃうじゃないですか。

開志専門職大学

映画は一人で作るのは難しいですよね。

井上三太

映画は脚本から映像まで、いろんな人が関わらないと完成しません。でも、漫画は自分だけで完成させることができます。それも僕が漫画家を目指した理由の一つです。

開志専門職大学

井上さんは漫画のストーリーなどをどういう時に思い付くのですか?

井上三太

頭の中だけで生まれるものではなくて、実生活の中で友達と出会ったり、けんかしたり、それで別れてしまったり、それらの経験が全て、作品の中に入っていくのです。

開志専門職大学

ご自分の経験がアイデアの元になるということですか?

井上三太

経験は全部、漫画に生かされます。経験を作品を通していかにアウトプットするかにかかっています。それがクリエイターの仕事であり、漫画に限らず、映画でも小説でも言えることです。

開志専門職大学

良い作品を生み出すには、ドラマチックな人生を送ると良いということでしょうか?

井上三太

その可能性は大きいですね。過酷な環境だったり、特殊な家族だったり、そういう体験をした人は作品に生かしやすいです。でも、たとえドラマチックな人生でなくても、平凡な人生を送っている場合でも、その中に気付きのようなものがあれば、良い作品を生み出せる可能性はあります。だから一概には言えないんだけど、少なくとも、いろんな人と出会っていかないといけないですね。そうしないとドラマが生まれません。

開志専門職大学

出会いが重要なのですね。

井上三太

僕自身、アメリカに拠点を移した理由の一つに、新しい出会いを求めたということもあります。アメリカ生活は4年目になるんですが。いろんなバックグラウンドの人や、いろんな価値観の人と(アメリカでは)出会えますから。

マーベルとのコラボプロジェクトが実現。 新連載漫画では身近に潜む恐怖を描く

開志専門職大学

アメリカに拠点を移してからも次々に新しいお仕事を手がけられていますね? ここで少し、最近のニュースについてお知らせいただけますか?

井上三太

まず、ディズニー傘下のマーベルとのコラボレーション企画が実現しました。マーベルのヒーローを僕がアレンジして描いたイラストでTシャツを作ったのです。それを2021年の夏に、表参道のセレクトショップでポップアップ(期間限定)で販売しました。たくさんの方に喜んでいただけて、良かったです。

開志専門職大学

井上さんがマーベルのヒーローをアレンジしたとはユニークなプロジェクトですね。

井上三太

ディズニーやマーベルにはいろんな表現上の条件があるので、それをクリアして絵にしました。

開志専門職大学

マーベルから井上さんに声が掛かったのですか?

井上三太

そうです。「やってみませんか?」とお話をいただいたんです。

開志専門職大学

素晴らしいですね。

井上三太

今後はそのTシャツをウェブで販売するなど、いろんな展開を計画しています。

開志専門職大学

井上さんの作品が舞台化されるというお話も伺いました。

井上三太

2021年の11月に、僕が20年前に発表した『Born 2 Die(ボーンツーダイ)』という作品が舞台化されます。演じるのはジャニーズ事務所のふぉ?ゆ?というグループです。

開志専門職大学

マーベルからジャニーズまで、ですね!

井上三太

それからメインの仕事である漫画では、「ヤングチャンピオン」という雑誌で、『惨家(ざんげ)』の連載を今年スタートさせました。これをヒットさせなくちゃと、僕は本腰を入れています。おかげさまで評判が良いようです。

開志専門職大学

どんな内容なのですか?

井上三太

知らない人が家に入ってきたら怖いじゃないですか? そういう怖い漫画なんですよ。そういったテーマに興味を引かれるのは世界共通だと思います。

井上三太

この漫画を生み出すために、いろんな事件について勉強しました。特に未解決の事件ですね。その背景にあるもの、殺人者の心境などを僕なりに想像しました。想像しても我々には分からないことも多いですが、それでも強烈な暴力というものは、いつ僕たちに降りかかってくるか分かりません。

井上三太

それをアメリカに住んでいると、さらに強く思いますね。でも、たとえアメリカが銃社会だからと言っても、拳銃が発砲されているところを実際に見たことがある人はそんなに多くないと思うんですよ。それでも確実に銃を持っている人は大勢いるわけです。

開志専門職大学

恐怖はすぐそこにあるけれど、自分の身に降りかかるまでは見えないということですか?

井上三太

そう、日本でも同じです。ナイフで人が刺されているところを見た人はそんなにいないはずですが、ナイフで襲われる可能性はあるはずです。

日本を出て多様な価値観に気付いた。 それに触れて事情を理解することが大事

開志専門職大学

さて、アメリカに拠点を移して4年目を迎えるということですが、アメリカでのお仕事や生活はいかがですか?

井上三太

まだまだアメリカで成功したとかいうことではなくて、夢に向かって挑戦中という段階ですね。もがいています(笑)。10年頑張ってみて、それで振り返った時に何かが見えてくるかもしれません。

開志専門職大学

目標は、井上さんの作品がハリウッドで映画化されることでしょうか?

井上三太

そうなったらうれしいですけどね。でも、まずは漫画雑誌に作品を発表できているので、その上で映画化やドラマ化が実現できたら、さらにうれしいといった感じです。良い作品を描くこと、描き続けていくことが大事です。

開志専門職大学

アメリカに来て、物の見方が変わりましたか?

井上三太

物事を俯瞰(ふかん)して見られるようになったかもしれません。例えば、今回のコロナの件でも、日本ではお店でのお酒の提供に制限がかけられていますよね。アメリカにいると、お酒に対する制限なんて話は聞きません。確かにお酒を飲むと声が大きくなって飛沫が飛びやすいのかもしれませんが、そこだけを取り上げたり、または誰かが悪いとか特定の人物を非難したりする考え方は世界では通用しないと思います。

開志専門職大学

アメリカの現状を把握しているからこそ、海外と日本とを比較できるということですね。

井上三太

日本だと自分の周囲の半径何メートル以内での考え方しか分らないし、知ろうともしないのではないでしょうか。

開志専門職大学

もっといろいろな考え方があると?

井上三太

そう、外に出てみると、いろんな宗教があり、いろんな民族、文化がある。それに触れることが大事だし、それぞれの事情が理解できるようになるのではないかと思いますね。

開志専門職大学

井上さんはアメリカのどんなところが好きですか?

井上三太

日本と違って、アメリカでは他人のことをジロジロ見ないというところでしょうか。

開志専門職大学

人のことを気にしない?

井上三太

日本は鎖国していた歴史もあり、外から来る人を必要以上に気にします。でもアメリカは、一概にアメリカ人と言っても、いろんな人がいます。韓国にルーツを持つ人もいるし、アフリカ系の人、ヨーロッパ系の人も。そして、私たち自身もアメリカ国籍を取得すればアメリカ人になることができます。

アイデアから作品完成までは遠い行程。 何よりも「最後までやり抜く」才能が求められる

開志専門職大学

話を子ども時代に戻させてください。漫画家以外に将来の仕事として目指したものはなかったのでしょうか?

井上三太

僕の場合、漫画家一直線でした。小学校の頃から、(将来は)出版社に作品を持ち込んで、それから漫画家になると思い込んでいましたね。

開志専門職大学

その夢を実現されたので素晴らしいとか言えないですが、普通はあれにもなりたい、これにも憧れると二転三転するものでは?

井上三太

人間にはいろんな才能があると思うんですが、僕には「最後までやり抜く」という才能があるように思います。意外とそれができる人、少ないんですよ。

開志専門職大学

夢に向かって継続的に取り組めるんですね。

井上三太

アイデアを思い付いても漫画の場合、それを作品に仕上げるまで途方もなく遠い行程が待っています。それをやり抜くまでに熱意が冷めるケースが多いし、熱意って意外と続かないものなのです。

開志専門職大学

やり続けることが大事なんですね。

井上三太

だって、僕より絵が上手い人はたくさんいるはずです。でも僕の才能は、やりたいと思ったら「諦めない」ということです。しがみつくんです。そういう思いはどこから来るのか、果たしてそういう能力は鍛えることができるのかも分からないけど、絶対に諦めません。

開志専門職大学

では、次に「諦めない」井上さんが、学生時代に経験しておくべきことを、これから大学生になる人たちにアドバイスしてください。

井上三太

学生生活って、社会に出るまでの猶予期間です。何かに挑戦するにしても可能性がある柔らかい時期です。僕からあえて言うとしたら、一生の財産になる友達を作ってほしいということです。社会に出ると、利害のない人間関係を作るのが意外と難しいんですよ。

開志専門職大学

利害のない人間関係? どういうことですか?

井上三太

打算のない関係ですね。社会に出ると、お金をもらわずに誰かを助けることが意外と難しくなります。だから、その前に、無条件に助けてあげたい、付き合ってあげたいと思える大切な友達を作ってほしいです。学校の帰りに牛丼屋さんとかで、どうでもいいような話をして笑い合えるような、そういう友達を学生時代に得ることができたら、それは何物にも代え難い財産です。そういうことを最近、僕自身もしみじみと思いますね。

開志専門職大学

さて、先ほど、良い漫画を描くことが何よりも大事だとおっしゃいましたが、今後の意欲的な活動に一読者としても期待が募ります。

井上三太

面白い漫画を描きたいというのが僕の目標なんですが、実はすでに最高に面白い作品を描いているかもしれないですしね。人間、幸せな時はその幸せに気付いていないことが多いものです。僕としては作品が映画化されたり、ネットフリックスなどでドラマ化されたりしたら、それはもう最高ですけど、そうならなかったとしても、漫画の仕事が続けられて、自分が健康で、そして家族も健康でいてくれたら、それはもう間違いなく幸せです。

開志専門職大学

30年、漫画家として第一線に立っていること自体、素晴らしいことだと思います。

井上三太

それはもうどんな仕事でもそうです。ラーメン屋さんでも、おいしいラーメンを30年作り続けている人は本当に偉いと尊敬します。

開志専門職大学

最後に、開志専門職大学の特別講義ではどんなことをお話しいただけるのかを少しだけ教えてください。

井上三太

実りある人生を送ってそれをいかに作品に落とし込むか、そして物事に継続的に取り組める能力がいかに大事かについてお話ししたいです。意外とそういうことを教えてくれる人は少ないのではないでしょうか。作品を作り続けて、それを発表し続けることは大変なことであり、それができるということはつまりプロになれるということを伝えたいです。

開志専門職大学

今日はありがとうございました。特別講義を楽しみにしています。

漫画家 井上三太氏

フランス・パリ生まれ。9歳で日本に帰国。21歳でヤングサンデー新人賞を受賞し、漫画家としてデビュー。『TOKYO TRIBE』は映画化、アニメ化された。本業の漫画家以外にもファッションブランドSANTASTIC!のプロデュースを手がける。2017年、活動の拠点をロサンゼルスに移し、アメリカ生活の模様を、SNSを通じて発信している。

タップして進む タップして進む