開志専門職大学
横山さんのお仕事について教えてください。
横山智佐子
私は映画の編集の仕事をしています。フィルムエディターといい、現場で撮影して上がってきた素材(フィルム)をつなげて、劇場で上映する最終的な作品に仕上げるのが仕事です。
開志専門職大学
子どものころから映画に興味があったのですか?
横山智佐子
私も両親も洋画好きで、子どもの頃からいつもテレビの『金曜ロードショー』とか『水曜ロードショー』を欠かさず見ていました。小学校5〜6年生ぐらいから市内の映画館に通うようになり、上映される映画をほとんど見ていました。
開志専門職大学
子どもの頃の好きが今のお仕事につながったんですね。
横山智佐子
確かに映画は好きでしたが、日本で映画の仕事をすることは考えてなかったですね。当時の日本には映画製作が学べるような学校は東京に1校あっただけ。そのために、名古屋から東京に出ようとは思いませんでした。
横山智佐子
ただ、英語が得意だったので、短大卒業前に一度アメリカへ行ってみたくて語学留学をしました。その時に、ほとんどの大学に映画学科というものがあることを知って、「こんなにあるなら、私でもどこかに入れるかも」と思い、アメリカで映画の勉強をしようと決意しました。
開志専門職大学
なぜ、映画編集の仕事を選ばれたのですか?
横山智佐子
映画製作には200くらいの職種がありますが、普通に映画を見ているだけだとそんなに職種があるなんて分かりませんよね。そこで映画製作の現場をできるだけ多く見るために、まずはプロダクション・アシスタントになりました。その結果、映画作りに関するさまざまな職業や製作のプロセスを学ぶことができました。
開志専門職大学
映画の仕事と言っても、監督や俳優だけではないのですね。
横山智佐子
分かったことは、監督以外のスタッフや俳優は、とにかく待ち時間が多いこと。私には、待ち時間の長い仕事は向いてないと思いました。ある時、アルバイトで編集をやらせてもらったのですが「あ、これは私に向いてる」と感じました。
開志専門職大学
編集の仕事の何が良かったのですか?
横山智佐子
編集者はずっと仕事をしていて、待つことがありません。フィルムを切り、全体の構成をまとめて仕上げるというコツコツやる感じの仕事が私には向いていたんです。
開志専門職大学
編集のお仕事について詳しく教えてください。
横山智佐子
編集というのは、ストーリーテリング(Story Telling)です。つまり、どうやって話を伝えるかという事。例えば同じ「白雪姫」の話でも、ものすごく上手に感動的に伝えられる人と、ただ淡々とストーリーだけ伝える人とかいろいろですよね。編集者っていうのは、話をいかに面白く印象的に伝えられるかが大事なんですよ。
開志専門職大学
ストーリーテリングは脚本家の仕事だと思っていました。
横山智佐子
日本はスクリプト(脚本)が非常に重要で、スクリプトが上がってきたら、そのまま撮ってそのままつなげて終わりです。あまり変えません。アメリカでも良いスクリプトはもちろん必要ですが、撮影後はどうやって編集するかがより重要です。200〜300ページのスクリプトを撮影して全部つなげると約4時間になるので、とても見れません。
開志専門職大学
4時間の映画はとても無理です(笑)。
横山智佐子
それを2時間半ぐらいにするには、いろんなシーンを削る。でもそうすると、ぽこっと穴が空いてしまいます。それを上手につなげるの難しいのです。いかにオーディエンスに影響を与えるかが映画編集では重要。そのほとんどが感情面なので、どういう風にその感情をオーディエンスにうまく伝えられるのか。ストーリーテリングが編集の腕の見せ所であり、勝負です。
開志専門職大学
フィルムを切ったりつないだり、とても時間がかかりそうですね。
横山智佐子
編集は撮影が終わってから少なくとも4〜6カ月ぐらいかかります。撮影期間よりも編集期間の方がずっと長いことも。ハリウッドではオーディエンス・プレビューというのがあって、完成前の作品を何度も編集を変えて見てもらいます。その後アンケートを取り、その映画の点数が出てきます。点数が悪いとまた編集。だからなかなか終わりません。
開志専門職大学
気の遠くなるような長時間労働ですね。
横山智佐子
時間の長さだけでなく、編集の仕事の難しいところは、何回も何回も同じ映画を見るので、感覚が麻痺してくることです。良いのか悪いのか、分からなくなってくるんです。
開志専門職大学
そんな状態から、どうやったら良い作品が生み出されるのですか?
横山智佐子
良い映画とは、監督や編集の人が聞く耳を持ったものです。どういうことかというと、オーディエンスに見せて、「これあんまり良くないんじゃない」とか、「ここをもう少しこうした方がいいんじゃない」ということに対して、意見を聞き入れたり耳を傾けて参考にしたりといった姿勢を持った人たちが関わった映画は、非常に良くなるということです。
開志専門職大学
そんな仕事の中で印象に残った作品はありますか?
横山智佐子
監督や編集の人が聞く耳を持ってできた映画の中で、一番のお手本となったのが『グッド・ウィル・ハンティング』です。アカデミー賞やゴールデングローブ賞で脚本賞を受賞した作品です。
開志専門職大学
それは編集に時間がかかったけれども、最終的に素晴らしい作品になったということですか?
横山智佐子
実は『グッド・ウィル・ハンティング』は、ハリウッドで編集しなかったんです。ハリウッドだと、いろいろな人が来て好き勝手言いますから。特にプロデューサーがうるさい(笑)。ガス・ヴァンサント監督はそれが嫌で、ポートランドの監督の自宅で3カ月ぐらい編集の仕事をしました。その間、毎週のように友達を集めては、新しいバージョンを上映していろんな意見を聞いていました。
横山智佐子
映画がどんどん良くなっていくという初めての経験でした。すごいなって。最初のものとすごく変わったんですよ。毎週変わって、最終のオーディエンス・プレビューのアンケートでは、普通70点とか良くて80点ですがこの映画は96点でした。もうスタジオのみんなは大喜び。「やったー!」みたいな感じで劇場公開になりました。
開志専門職大学
映画編集は長期戦ですね。
横山智佐子
私が関わった映画では、一番長いので2年かかりました。アメリカではOKが出るまでどんどん引っ張っていきますから、点数が57点とか60点なら、もう永遠に編集です(笑)。あまりにも点数が悪いと編集者が交代になります。だから私も入れ替わってやった作品はいくつもありますよ。そんな感じでアメリカでは映画編集は非常に大事な仕事です。
開志専門職大学
この仕事、どんな人に向いてるんでしょう?
横山智佐子
クリエイティブな人ですね。いつもどうやったら面白くなるか、どういうものが観客に受けるのか、そういうことを常に考えられる人に向いてます。
開志専門職大学
現在、関わっている編集の仕事について教えてください。
横山智佐子
2010年からドキュメンタリーをやっています。ドキュメンタリーを作る専門の会社に所属してこれまで、6本ぐらい編集しました。
開志専門職大学
最近、とても良いドキュメンタリーをストリーミングサービスで観られるようになりました。
横山智佐子
そうですね。私の関わっているドキュメンタリーは、監督であり会社のオーナーがアンソロポロジスト(人類学者)なんです。彼が作るような映画はエスノグラフィック(行動観察)映画と呼ばれ、どこかの国の文化を取り上げて製作・編集します。
開志専門職大学
分かりやすく言うと、どんな映画ですか?
横山智佐子
ある民族の特徴を調査するためにその民族の生活に入り込み、長期間にわたって彼らの生活スタイルを観察し、対話して、文化や行動様式の詳細を記録していく手法がエスノグラフィー。だから普通は、全然面白くないし、ちょっとつまらないみたいな、これまでは楽しむような映画ではありませんでした。でもその監督は非常に映画好きなので、映画とエスノグラフィーのハイブリッドのようなものを作っていて、結構面白いものになってきています。
開志専門職大学
ところで、編集の仕事は何歳になってもできるんですか?
横山智佐子
編集ツールが使えれば何歳になっても続けられる仕事です。私がスタートした時は全部フィルム。35ミリのフィルムを切ってつなげるリニア編集の仕事でした。時代が進み、コンピューターで編集を行うノンリニア編集になり、今は全部デジタル編集です。私がハリウッドで何年かやっていた時に「すごいな」と思ったのは、かなり年配の女性のエディターたちが皆、ノンリニア編集を習ってコンピューターで編集していたことです。学んで使いこなせれば、この仕事には年齢は関係ないですね。
開志専門職大学
大学時代に頑張っておいた方がいいことをアドバイスしてください。
横山智佐子
大学時代にいろんなものを見ていろんな所を旅行して視野を広げてください。他のカルチャーに触れることはとても大事です。日本だけにいると他国のことが分からないし、アメリカでもそうですが、アメリカで育ってずっとアメリカにいるみたいな人は、視野が狭くなりますね。
開志専門職大学
横山さんは、大学時代に何に一生懸命取り組んでいましたか?
横山智佐子
日本にいた頃は、映画を見ることに没頭していました。アメリカに来てからは、どうにかアメリカに残りたいという思いがあって、すぐ映画の仕事を始めましたね。学生映画がたくさんあったので、英語もまだあまりできませんでしたが、「ボランティアでいいから、何かさせて」って頼んだら、いろんな所から仕事の依頼がきました。そこで映画製作の経験を積みました。
開志専門職大学
積極的だったんですね。
横山智佐子
「常に動く」っていうのは、非常に大事だといつも思います。座って「ああしようかな、こうしようかな」って考えていても、どうもならない。「こういうのをやりたい」って思ったらやってみる。間違いかなって思ってもやってみる。やっぱり常に動いていると、どこからか道が開けてくるものです。
開志専門職大学
アメリカで日本人が仕事で成功する秘訣ってありますか?
横山智佐子
自分がやりたいことをまずは見つけること。それに向かって粘り強く突進することですね。何があってもめげない。ネバーギブアップですね。それと、やっぱり行動力。運の良さとは動いた結果、自然に呼び込まれるものだと思います。
開志専門職大学
考えるより先に動いてしまった方がいいのかもしれないですね。
横山智佐子
日本人って、話す前に考えてから話すみたいなところはありますよね。そういうカルチャーなので、「なんでもいいや、言ってみよう、やっていこう」みたいな感じにはならないと思いますが、アメリカでは考える前に動くことも大事。私がハリウッドに来て、アカデミー賞受賞作品のような映画製作に関われたのは、恐れず動き続けた結果だと思います。
開志専門職大学
将来の目標とか夢は何ですか?
横山智佐子
今も映画編集の仕事を続けているので、やっぱり日本で作品を見てもらいたいですね。最近はストリーミングがあるので、日本でもみんな見られると思います。友達や日本にいる人たちに見せて、「あ、すっごい良い映画だった」って言ってもらうことが常に目標です。
開志専門職大学
特別講師としてどんなことを話していただけますか?
横山智佐子
アメリカの映画産業での私の経験について話したいと思います。女性としてアメリカに渡って、ハリウッドでフィルムエディティングの仕事を掴んで、誰もが知っているような作品と関わりました。そして、ドキュンメンタリー映画の編集に携わっている今の体験を話せればと思います。日米の映画の作り方の違いも講義として面白いかなと思います。
開志専門職大学
映画製作に興味のある学生にとっては聞き逃せない講義になりそうですね。本日はどうもありがとうございました。
特別講師 横山智佐子氏
1963年三重県出身。名古屋女子大学短期大学部卒業後、渡米資金を貯めて87年にロサンゼルスへ。サンタモニカ・カレッジを経て91年、UCサンタバーバラの映画学科を卒業。ベルナルド・ベルトルッチ監督の『リトルブッダ』の編集チームに参加したのを機に以後15年間、アカデミー賞を受賞したエディター、ピエトロ・スカリア氏のアシスタントを務める。現在はドキュメンタリー映画の編集に専念。代表作は『G.I.ジェーン』『グッド・ウィル・ハンティング』『グラディエーター』『ブラックホーク・ダウン』など多数。ロサンゼルス近郊在住。
インタビュー:清水貴久子