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我々の宇宙は無数にある「宇宙たち」の一つにすぎないというマルチバース宇宙論や量子重力理論を研究。野村泰紀氏

10大学からなるカリフォルニア大学群の中で最も古い歴史を持つカリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)。そこを拠点に、「宇宙は一つ(ユニバース)ではなく、多数の宇宙が存在するマルチバースである」というマルチバース宇宙論を提唱しているのが野村泰紀先生。物理学者であり宇宙論研究者である野村先生が、仕事の醍醐味や大学時代に必ずやっておくべきことなどについて話をしてくださいました。
理論物理学の世界で「何か新しいことを見つけよう」と、日々研鑽(けんさん)を積む。

開志専門職大学

野村先生のお仕事について教えてください。

野村泰紀

私は理論物理学者で、理論物理学の中でも宇宙とか素粒子などを研究しています。「世の中の構成要素は基本的にはどうなっているのか」、「宇宙はどのようにできたのか」、「宇宙の外側には何があるのか」というような学問に取り組んでいます。この世界のさまざまな自然現象の本質を研究し、日々「何か新しいことを見つけよう」としています。

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「新しいことを見つける」とはどういうことですか?

野村泰紀

未知の事象を見つけることです。理論物理学とは、物理現象を理論的に研究する物理学の分野ですが、その分野において新しい理論、つまり「新しいことを見つける」のです。ただしこれはかなり大変なことで、新しいと思っていても、誰かがもう先に見つけていることも多い。本当に新しいことを見つけるには、クレージーと言われるような考えから入らないといけないこともあります。

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クレージーとはどういうことですか?

野村泰紀

突拍子もない発想のことです。独特で型破りな考えですね。そして、そんな発想を持つ若い学生たちとディスカッションすることで、新たな発見や気付きが生まれます。若い人は先入観がないので、突拍子もないアイデアについて自由に喋ります。荒唐無稽というほどではないですが、それに近い発想が必要で、そうでないと本当に新しいことなんて出てこない。普通に考えたらありえない、というような発想から本当に大きな仕事が生まれるのです。

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なるほど。今、野村先生はどんな研究をされているのですか?

野村泰紀

我々の宇宙は無数にある「宇宙たち」の一つにすぎないというマルチバース宇宙論を研究しています。そこから出発し、もう少し基本的な「世の中の時間とか、空間とか、物質とかって、本当は何なのか?」ということについて研究しています。

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今では、どんなことが分かってきているのですか?

野村泰紀

17世紀に物理学者のニュートンが発見した「万有引力の法則」やアインシュタインが時間と空間が一体的な関係にあることを説いた「相対性理論」などによって、長年かかって時間・空間がどうなっているのかが分かってきました。そして、アインシュタインの頃よりさらに、時間や空間は量子力学的な何かであるということが今、分かりつつあります。それを量子重力理論と言いますが、私は基本的にその研究をしています。

新しいものを見つけたときに、本当の純粋な喜びが得られるのがこの仕事の醍醐味。

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では、このお仕事の醍醐味は何ですか?

野村泰紀

新しいものを見つけた時に、本当の純粋な喜びが得られることです。年がら年中、ずっと考えていて、何が何だか分からない、他人の言ってることすら分からない。でも、ある時突然すべてが「あ〜、これか!」と分かったときは本当にうれしいです。

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分かっただけでは、仕事は終わらないですよね。

野村泰紀

分かったら、すでに他の人がやっていないかどうか確かめ、次は人に説明するために論文にしていきます。この段階で誰かが先にやっていたと分かり消えていく理論もあります。数年前に誰かが言っていたとかなら、諦めもつきますが、実は最近、誰かがやったと知ると落ち込んだりもします(笑)。

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オリジナルの発見をするのは大変ですね。

野村泰紀

全く新しいものだと自分のオリジナルとして発表できます。何かを見つけた瞬間の喜びは、世の中にすでに知られていようがいまいが関係ありません。でも、それが本当に新しい発見で世界中に自分しか知らないオリジナルな発見なら、より一層うれしいものです。

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発表の時の喜びはひとしおですね。

野村泰紀

ところが発表してみると、大体「すごいな」とはならないのです。有名な話ですが、何かすごい大きなことを発表したときの他人のリアクションは、たいてい最初は「That’s Wrong.(それは間違っている)」なんです。

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なかなか簡単には認めてもらえないのですね。

野村泰紀

そうです。いろんな批判があります。そこをじっくり考え、後日、数か月後のこともありますが、そう言った人に会って「あの時、それは間違ってるって言ってたけど、本当はこうで、あなたの反論は当てはまらない」と説明すると、間違いだと言っていたくせに、次は「It’s obvious.(そんなことは当たり前だ)」ときます。

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まだまだ、承認されるには長い道のりですね。

野村泰紀

「当たり前って言ってるけど、そんなに当たり前のことじゃなくて、みんな当時はこう思ってたでしょ?」て説明すると、次のリアクションは、「うん、その通りだけど、You are not the first one.(そう言ってるのは、あなたが最初ではない)」と言われたりします。こういうやり取りをすべて乗り越えて、新しいことをやったと認められていくのです。

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厳しいですね。

野村泰紀

この仕事の本当のつらさは、研究していて分からない時のつらさよりも後半、つまり、成果を発表する段階での人との関係かもしれません。研究しているとなかなか解き明かせなくて悶々とはしますが、だからといってダメージにはなりません。どんな世界にいても、この世の中の悩みは根本的には人間関係なんだなとか思ったりします。

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なるほど。人間関係が少しでも良いと仕事ははかどりますね。

野村泰紀

社会的に良いと言われている場所には、それなりの理由があります。例えば、アメリカで「良い大学」と言われている教育機関がそうです。そういう大学には、偏差値だけではなくて、人間同士の関係が良くてクリエイティブな雰囲気がある。だから良い研究ができて、良いアウトプットが出る。つまり良い成果につながります。

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先生のいらっしゃる大学も世の中から評価が高いですね。

野村泰紀

偏差値や研究の数など数値としても良いけれど、なぜその数字が出せるかというと、そういうところには良い人が集まっているからです。良い人がいるから良い数字が出る。良い数字が出るから良い人が集まってくるといった相乗効果ですね。だから、できるだけ良い人が集まる所に身を置いた方がいい。私もUCバークレーでトップレベルの研究者と日常的に出会える恵まれた環境にいるので、良い刺激を受けています。

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そんな環境に身を置けるようになるには、努力が必要ですね。

野村泰紀

だから、がんばった方がよいのです。自分の力以上のものが出せるのは、やはり周りのおかげだし、周りからの影響が大きい。人間は一人では大きなことはできません。良い環境に身を置き、良い影響を受けることが大事です。

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先生はこのお仕事から何を得られましたか?

野村泰紀

私のやっていることは、社会でもちょっと特殊なことかもしれません。もちろんこれが自分にしかできないとは思いませんが、その分野に人生を賭けた一握りの人にしか得られない経験をさせてもらっているという気はします。もし私の仕事が少しでも世の中に貢献しているとすれば、日々、つらいことがあってもがんばれますね。

研究者としての最終的なゴールは、50代で現役として自分のベストの仕事をすること。

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お仕事での目標はありますか?

野村泰紀

私の目標と関係しているので、理論物理学の分野の論文の引用数についてお話しましょう。理論物理学の分野で論文の引用数が500を超えるというのはすごいことで、そういう論文は歴史的に価値があると言えます。そういう引用数の多い論文を書いた時の年齢分布というのをスタンフォード大学が調べたのですが、年齢分布の90%ほどが35歳以下の年齢で書かれた論文だったのです。私自身の論文でも1番引用数が多いのは、20代に書いたものです。

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でも、研究者が評価されるのはかなり年齢が高くなってからですよね。

野村泰紀

理論物理学でいうと南部陽一郎さんが80代で、小林誠さんと益川敏英さんは70代でノーベル賞を受賞されましたが、この方たちの業績が認められた仕事は、南部さんが30代。小林さん、益川さんに至っては20代後半から30代前半の仕事でした。

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つまり、若い時の仕事が大事なのですね。若い時の先生はどうでしたか?

野村泰紀

2000年にアメリカに来て数年は、ものすごく研究し勉強しました。若くて独身で、地位もない。一生で一番集中して勉強し、研究しましたね。今の私の年齢で、若い人と競争できるかというと正直大変です。でも、年齢を重ねてくるとその分、予算を取ったり、自分のチームに人をいっぱい集められるようになります。

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チームでする仕事なのですね。どのように評価されるのですか?

野村泰紀

物理学の分野では実験と理論がありますが、実験の場合は、自分のグループの若いメンバーが実際に手を動かして実験をした結果、何かを発見したら、見つけた若い人とそのグループのリーダーが成果を分け合います。チームとして評価されるのが実験です。でも、私の理論分野では、学生がやれば全部学生の評価で、私は単にその人のアドバイザーでしたという話なので、年を取ると新たに大きく評価されることは減るのが実情です。

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そんな中、野村先生の研究者としての最終的なゴールは何ですか?

野村泰紀

そういった既成概念をぶち壊して、50代であいつは1番良い仕事をしたと言われるようになりたいですね。現役としての自分のベストの仕事が常に将来にある。これが目標です。

「4年間、何をやっていたのか」と後悔しないよう、専攻分野での基礎力を確実に身に付けて欲しい。

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ところで野村先生は、中学高校時代は何に夢中でしたか?

野村泰紀

中高は神奈川県の公立高校に通い、ずっとテニスに明け暮れていました。熱血コーチがいたおかげで、高校の時は県大会の団体戦でベスト4まで勝ち進みました。

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テニスざんまいの先生が、いつ東大受験を目指したのですか?

野村泰紀

高3になると周りが受験モードでソワソワし始め、そんな流れに乗って受験勉強を開始しました。前にも言いましたが、人って環境の影響を受けやすいものです。学校も仕事も、普段の人間関係も、全てそばにいる人の影響を受けがちです。私の場合、高3の時に出会った物理の先生の夏の特別授業が非常に面白かったので、その影響もあって大学では物理を専攻しました。

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学生時代にアルバイトはしましたか?

野村泰紀

ホテルで宴会場の音響担当として働きました。政治家、芸能人、スポーツ選手などの宴会などもあって、いろんな人に会えました。有名なアナウンサーの人が司会を担当するので、そういった人と打ち合わせもできて良い思い出として心に残っています。

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大学時代に一生懸命に取り組んだことは何ですか?

野村泰紀

中高に続き、さらに4年、サークルですがテニスを続けました。このサークルに入ったおかげでいろんな人との出会いがありました。彼らは後に、社長、弁護士、医者などになり、今ならなかなか知り合いになれそうもない仲間と知り合えました。人との出会いはどんなときに生まれるか分からないので、みなさんも大学時代にはできるだけ多くの人と交流してください。

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それでは、学生の皆さんにメッセージをお願いします。

野村泰紀

専攻分野において、基礎を付ける時期が大学時代です。遊ぶのももちろん結構ですが、最低限、専攻している分野の基礎力を身に付けるのを忘れないように。大学生活でその部分が全く空っぽだと「4年間、何をやっていたのか」と後悔することになるかもしれません。専攻分野での基礎力を確実に付けてください。

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特別講義ではどのような話をしていただけますか?

野村泰紀

宇宙の「果て」はどうなっているのか?宇宙はどのようにして生まれたのか?我々の宇宙は無数にある「宇宙たち」の一つにすぎないのではないのか?といった、最近よく映画にも登場する「マルチバース」についての話と、自分の人生での出会いや経験、失敗談なども話したいと思います。

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年齢という壁を越えて、理論物理学の分野で目標に向かって進まれている先生の講義がとても楽しみです。本日はどうもありがとうございました。

特別講師 野村泰紀氏
カリフォルニア大学バークレー校 物理学教授
東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 連携研究員

1974年神奈川県出身。東京大学理学部物理学科、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了後、2000年カリフォルニア大学バークレー校ミラー研究員、2002年フェルミ国立加速器研究所研究員、2003年カリフォルニア大学バークレー校助教授、2007年同校准教授を経て2012年教授就任。2017年より東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の研究員を併任。2004年アメリカ合衆国エネルギー省OJIアワードなど受賞歴多数。著書に『なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論』(講談社)ほか。


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